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第35話:泥芋スープの熱量

――ガガガガガッ!

マダム・チェイシーの巨大重機が、その巨大な回転カッター(コンバイン)を激しく火花を散らせながら、白いMSの足元へと肉薄する。

上層世界カイゼル・シェルの戦闘理論において、農耕用・採掘用の「重機」が軍用最新鋭兵器に特攻してくるなどというログは存在しない。FELIXの脳内システムは、予測不能な「非合理的質量」の接近に対し、けたたましい警告アラートを鳴らし続けた。

『排除シーケンス、一時中断。面的な質量攻撃を回避する』

FELIXは即座に重力制御スラスターを噴射。白いMSは音もなくフワリと宙へ浮き上がり、チェイシーの突撃を紙一重でかわした。

だが、その空中への退路こそ、地上のクズ鉄たちが仕掛けた「ルート」だった。

「今だ、シン! ぶちかましな!」

「うおおおおおッ! 喰らいやがれッ!!」

重機の助手席から、シンが浄水管理区の『高圧汚染水ランチャー』の引き金を限界まで引き絞る。

放たれたのは、リンたちが毎日命がけでフィルターから削ぎ落としている、重金属と廃油がドロドロに混ざった「黒い泥水スラグ・ウォーター」だ。

激しい勢いで放たれた黒い濁流が、宙に浮いた白いMSの全身へと浴びせられる。

物理的な破壊力はない。しかし、粘着性の高い重金属の泥は、白いMSの洗練された吸気口インテークや、光子防壁を発生させる外殻のスリットへと容赦なくへばりつき、その美しい「純白」を瞬く間にドブネズミ色へと汚染していった。

『システムにエラー発生。光学センサーの視界、45%喪失。防壁発生スリットに不純物が付着……出力が減衰していく!?』

コックピット内の全天周モニターが、泥によって真っ黒に遮断される。

完璧に無菌室化された上層世界で戦うために作られた機体は、地下世界の誇る「最悪の汚物」という攻撃に対して、あまりにも脆弱ナイーブだった。

「やった……! ゼロ、今だよ!」

JUSCOの声が、ガレージから境界線へと響き渡る。

了解アクセプト。魔力炉の全出力を右拳にコンプレッション(凝縮)。――システム、限界駆動オーバークロック!!』

ゼロの蒼鉛の右腕が、エーテル粒子の高熱でジジジと赤黒く焼け焦げる。地下製の脆いパイプが悲鳴をあげ、火花が飛び散る。だが、その一撃に込められたエネルギーは、上層世界のいかなる計算式をも凌駕していた。

ドォォォォォン!!!

視界を奪われ、防壁の弱まった白いMSの胸部へ、ゼロの蒼き鉄拳が真っ直ぐに叩き込まれた。

衝撃波が第七居住区のすり鉢状の街を震わせる。

あれほど強固だった白い装甲がミシミシと軋み、FELIXの機体は地表を激しくバウンドしながら、廃棄エリアの瓦礫の山へと叩きつけられた。

『クッ……! 操縦系に深刻なノイズ。機体制御、一時的に停止……』

火花が散るコックピットの中で、FELIXの脳内に埋め込まれた生体IDが、強い衝撃で明滅する。

彼の中央AIは「即座の撤退、および戦術の再構築」を冷酷に命令していた。地下の人間はゴミのはずだった。システムに従う美しい歯車である自分が、なぜこのような泥臭い、不合理な力に圧倒されているのか、彼の演算能力では答えが出ない。

白いMSは、泥にまみれたスラスターを無理やり点火させると、中央の吹き抜け(シャフト)へと向かって、よろめきながら急速に上昇(離脱)していった。

「……逃げた、か」

ルカが長銃を降ろし、静かに息を吐く。

静寂が戻った境界線。

ゼロの装甲からはプシューと白い蒸気が上がり、その場に膝をついた。JUSCOもまた、緊張の糸が切れたようにその場に座り込む。手のひらには、父のスパナの形が赤く残っていた。

「みんな、ありがとう……。みんなが来てくれなかったら、私……」

「馬鹿お言い、JUSCO。あんたはあたいたちの『街の宝』だよ。ガレージの灯を消させやしないさ」

チェイシーが重機から降りてきて、JUSCOの頭をガシガシと乱暴に、けれど愛おしそうに撫でた。自警団の面々も、シンも、みんなが泥だらけの顔で笑っている。

「ふむ。上層のエリート機を一時撤退に追い込んだか。泥水とクズ鉄、そして人間たちの『意地』という不確定要素……。これだから、この街の戦闘データの収集はやめられん。……だが主人(JUSCO)、奴はこの敗北をただのエラーとしては処理しないはずだ。次に来る時は、さらに冷徹なシステムを引っ提げてくるぞ」

撃退の歓喜に沸く第七居住区。

しかし、天井の黒い大穴の向こう――冷たい上層世界『カイゼル・シェル』では、最高評議会『ゼニス』の老人たちが、地下から送られてきた「蒼きバグ(ゼロ)」の戦闘データを前に、冷酷な瞳を光らせ始めていた。

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