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第32話:起動する歯車

世界の天井にぽっかりと開いた、黒々とした大穴『バベル・ホール』。

第七居住区セブンス・ジャンクヤードの中央広場から見上げるその穴は、かつて蒼き機体――ゼロが放った一撃の傷跡であり、上層世界『カイゼル・シェル』へと繋がる唯一の反逆の座標だった。

あの日から数日。鉄屑同盟の襲撃を退け、隠密型MS『ブラック・アラクネ』を撃破したジャンク街は、一見するといつも通りの騒がしくも不器用な日常を取り戻しているように見えた。

「おーい、JUSCOォ! 例の油圧シリンダー、マダムが色を付けて買い取るってよ!」

ガレージの重い鉄扉をガラガラと開けて入ってきたのは、自警団の青年・カイルだ。その手には、マダム・チェイシーの交易区から持ち込まれた、電子通貨ボルト・クレジットのチップが握られている。

「カイル兄ちゃん、ありがとう! ちょうどリンのところの配管を直すための新しいハンダが欲しかったんだ!」

15歳の少女、JUSCOは額の汗を拭いながら、父親形見の歪なスパナを腰のベルトに差し込んだ。その隣では、新しい機械義足の同調リンクを終えたルカが、静かに愛用の長銃レール・ライフルのボルトを引いて機関部を確かめている。

だが、その穏やかな空気の中に、一つの「冷徹な異物」が佇んでいた。

ガレージの奥。全高2メートルの蒼鉛の装甲を鈍く光らせる自律型AI――ゼロ。

そのメインモニターに、ジジ……と青い走査線が走る。

『報告。マスター(JUSCO)。現在のセクター防衛ログに異常なし。……しかし、はるか上空、第1環状線『神聖ゼニス・コア』からの高周波電磁スキャンを感知。上層の最高評議会『ゼニス』は、すでに我が魔力炉ジェネレーターの固有波形を完全にロックしている』

「……また、あいつらが来るの?」

JUSCOの表情が、わずかに曇る。

10歳の時に父・ダスティを亡くし、この街の大人たち――マダム・チェイシーやギルバート、泥芋を届けてくれるミラたちに支えられて生きてきた。この錆びついた、けれど温かい日常を、上層のシステムに壊されるわけにはいかない。

『肯定。上層の軍事総監ギルフォードは、地下を「世界の癌」として切除する構えだ。そして――我がデータベースが、新たなる高脅威個体の接近をパッシブ・レーダーで捉えた』

ゼロの電子音声が、いつもより深く、冷たくガレージに響いた。

『カイゼル軍特殊機動部隊、直属エース。個体名……FELIXフェリックス。純白の最新鋭MSを駆るその男が、中央の吹き抜け(セントラル・シャフト)を急降下しつつある。現時刻より180秒後、我が第七居住区の境界線フロント・ラインに接触する』

その名を聞いた瞬間、JUSCOの胸の奥が、なぜか理由もなく「キチリ」と痛んだ。

それが、上層世界の冷徹なシステムによって「最強の兵器」として育てられた、自分の実の兄であるとも知らずに。

「ルカ、カイル兄ちゃん、みんなに連絡して! 自警団のタレットを起動させて!」

JUSCOがスパナを強く握りしめる。

ルカは何も言わず、ただ長銃を肩に担ぎ、鋭い視線で天井の大穴を見据えた。

『駆動プロトコル、フェーズ3。JUSCO、我がマニピュレーター(手)を掴め。天井から舞い降りる「純白の羊」どもに、地下のクズ鉄のプライドを教えてやる時間だ』

ゴォォォン……と、人工太陽『ヘリオス・レプリカ』が、まるで世界の警戒を促すように赤く明滅し始める。

天と地、兄と妹、そして世界を統べる『マスター・コード』を巡る新たなる戦いが、今、第七居住区の乾いた風の中で幕を開けようとしていた。

いよいよ第三章に突入。

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