第28話:黒いドームの残響と新たな『家族』
ブラック・アラクネが完全な沈黙を遂げたというのに、第七居住区の天井を覆う漆黒の電磁障壁は、依然として不気味にうねり続けていた。
街を遮断するノイズの幕は、まるで上層世界の残党たちの「執念」そのもののようだ。
「……まだ、街の通信が戻らない。あの蜘蛛を壊しても、大元のシステムがどこかで駆動してるんだわ」
指揮車両から降りてきたレイラが、携帯端末の砂嵐を見つめながら、悔しそうに顔を歪める。周囲の住人たちも、暗転した街の行く末に怯えながら、遠巻きに俺たちの様子を伺っていた。
「ゼロ、これじゃみんなが外のブロックと交易できなくなっちゃう。おじさんたちのネジも、泥芋も運べないよ……」
JUSCOがコクピットの中で、不安そうに俺のメインモニターを見つめる。
「ふむ。心配は要らん、JUSCO。大元の発信源なら、すでに俺の網膜が捉えている」
俺は蒼き右腕を上げ、広場の中央、粉砕されたブラック・アラクネの残骸のさらに奥――地中に埋め込まれていた『旧文明の広域中継アンテナ』を指差した。
暗殺機は死に際、自らの電磁波をあのアンテナにバイパスし、街を永久に隔離するプログラムを起動させていたのだ。
「あのアンテナの基盤を直接物理破壊する。ルカ、もう一発、貴様の弾丸が必要だ」
「僕の……!? でも、あの位置じゃ遮蔽物が多くて、僕の銃じゃ弾道が逸れるよ!」
バラストスペースのルカが、自身の長銃を抱きしめながら声を上げた。確かに、アンテナのコアは頑強な鉄骨の裏側に隠れている。
「逸れるなら、俺が弾道を創るまでだ」
俺は蒼きバーニアを点火し、アンテナの正面へと一歩進み出た。
「システム・出力最大。――ルカ、俺が鉄骨を撃ち抜くと同時に、その穴の奥へ弾丸を滑り込ませろ。猶予は0.03秒だ」
「0.03秒……! うん、やってみる!」
ルカは息を呑み、JUSCOに直してもらった左脚を再びコックピットの床にロックした。エラーのない駆動系が、彼の身体をミリ単位の狂いもなく固定する。
「撃て!」
ドゴォォォン!!!
俺の蒼き拳から放たれたレーザー・オーラが、アンテナを遮っていた極厚の鉄骨を正確に溶かし、直径数センチの風穴を開けた。
その直後――
ズドォォォン!!!
ルカの引いた引き金から放たれた錆びた銃弾が、溶けた鉄骨の穴を寸分の狂いもなくすり抜け、その奥にある電磁コアを完璧に粉砕した。
パチパチパチ……ッ!
天井を覆っていた黒い霧が、ガラスが割れるような音を立てて霧散していく。地下街に、いつもの、少し薄暗いけれど見慣れた、穏やかな人工太陽の光が戻ってきた。
「戻った……! 通信が繋がったわ!」
レイラが歓声を上げる。周囲の住人たちからも、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
――その日の夜、いつものガレージ。
コンロの上では、トンプソンおじさんがお礼にと持ってきてくれた「いつもより上質な芋」が入ったスープが、美味しそうな音を立てていた。
「ルカ、これ、あなたの分ね」
JUSCOが、少し大きめの器にスープを注いでルカに手渡す。
「……ありがとう、JUSCO」
ルカは照れくさそうに、でも嬉しそうにスープを受け取り、新しくなった左脚をパタパタと動かした。その姿には、もう「呪われたガキ」の陰影はない。
「ふむ。これで我が家の食費の消費効率が15%上昇したわけか」
俺は冷徹な電子音を響かせながら、ガレージの隅で機体を休める。
「いいじゃない、ゼロ。ルカはもう、私たちの立派な『自慢の狙撃手(家族)』なんだから」
JUSCOが俺の蒼い装甲を優しく撫でる。
電磁の蜘蛛は退けた。だが、上層世界の残党(暫定評議会)が俺たちを明確にターゲットに定めたことは間違いない。
守るべき仲間が増えた蒼きモビルスーツの魔力炉は、来たるべき次の戦いに向け、静かに、深く、その熱量を蓄え始めていた。




