第26話:黒蜘蛛と蒼き閃光
キィィィィン――!
黒い蜘蛛――『ブラック・アラクネ』の全身から、細く鋭利な高周波電磁ワイヤーが何百本と射出された。それは意思を持つ漆黒の蛇のようにうねりながら、俺の蒼き四肢を絡め取ろうと迫る。
「ゼロ、後ろから右! 避けて!」
コクピットのJUSCOが、外部モニターの死角を突くワイヤーを指差して叫ぶ。
「無用な心配だ、JUSCO。ルカ、舌を噛まぬよう奥に潜んでいろ」
俺は背部の大型バーニアを瞬間的に逆噴射させ、質量を無視したような超高速のバックステップを敢行した。空を切ったワイヤーが地面の大理石を豆腐のように切り裂いていく。
『……回避パターンを記録。追尾駆動を開始』
ブラック・アラクネの4本のマルチ脚が不気味に駆動し、壁や天井を縦横無尽に駆け巡りながら、さらに密度の高い電磁の網を編み上げていく。街の中央交易所は、瞬く間に光を遮る黒い檻へと変貌していった。
「ゼロ、あのワイヤー、ただの金属じゃない! 触れたら装甲のOSが直接焼き切られる!」
バラストスペースから身を乗り出し、ルカが自身の長銃を構えながら警告する。
「ふむ。確かにただの超硬質ワイヤーではないな。ナノマシンの自己増殖による追尾機能か。上層世界の残党め、少しは学習の成果を見せるらしい」
俺の網膜が、四方に張り巡らされた黒い糸の「結節点」を0.001秒で弾き出す。どれほど強固な電磁の網であっても、それを制御する中枢の周波数を狂わせれば、ただの脆い糸屑にすぎない。
「だが、俺の蒼き演算速度を前に、その程度の罠が成立すると思ったか」
俺は回避を止め、あえて黒い網の最も密な中心へと突っ込んだ。
『標的の自滅行動を確認。捕獲』
ブラック・アラクネの電子音声が勝利を確信したように歪む。無数のワイヤーが俺の蒼き両腕、両脚へと一斉に巻き付き、強力な高電圧パルスが装甲を激しく叩いた。バリバリと紫色の電鳴が走り、機体のシステムログに警告が踊る。
「システム・ドミナシオン(全回路同調)」
俺は冷徹に電子音を響かせた。
レイラから譲り受けた高密度バッテリーのエネルギーを逆流させ、俺自身のコアから放たれる蒼い魔力波を、巻き付いたワイヤーの伝導性を利用してブラック・アラクネへと直接「送電」してやったのだ。
『が……ア、あ……!? 逆ハッキング……!? 電源圧力が……臨界を……ッ!!』
黒い蜘蛛の機体が、自らの糸を通して送り込まれた圧倒的な蒼きエネルギーに耐えかね、ガタガタと狂ったように痙攣を始めた。センサーが赤からエラーの黄色へと目まぐるしく明滅する。
「買い叩く側のパーツが、買い叩かれる恐怖を味わうがいい」
俺は蒼き右腕を力任せに引き抜き、張り巡らされた黒い網を一本残らずブチ切った。反動で姿勢を崩した漆黒の暗殺機が、広場の床へと叩きつけられる。
勝負の天秤は、すでに傾いていた。




