第25話:忍び寄る黒い影
『……ゼロ、気をつけ……ツ、ツツ……』
レイラの悲鳴混じりの通信は、激しいノイズと共に完全に途絶した。ガレージの計器類が一斉に狂ったように明滅し、電子回路が発する独特の焦げ臭い匂いが漂い始める。
「広域指向性EMP(電磁パルス)か。いや、より悪質な広帯域ジャミングだな」
俺――「ゼロ」のメインプロセッサは、即座に外部の電波状況を分析していた。第七居住区を包む世界の天井から、目に見えない漆黒の電磁障壁が静かに降りてきている。この街は今、物理的にも情報的にも、世界から完全に隔離されたのだ。
「レイラが危ない……! ゼロ、行こう!」
JUSCOがゴーグルを放り出し、コクピットのハッチへ向かってハシゴを駆け上がる。
「待って、僕も行く!」
新しくなった左脚を踏み締め、ルカがボロボロの長銃を抱え直した。その瞳には、さっきまでの怯えはなく、自分を救ってくれたJUSCOを守りたいという一純な光がある。
「小僧、貴様の錆びた銃弾では、上層の装甲に傷一つ付けられんぞ」
「それでも行くんだ! この脚を直してもらった恩を、僕は忘れない!」
「ふむ……。JUSCO、ルカの同乗を許可するか?」
「うん、ルカをここに一人にさせておく方が危ないよ。ゼロ、お願い!」
「了解した。主人の仕様変更を承認する」
俺は右腕のマニピュレーターでルカの小さな身体を優しく掬い上げ、ハッチの奥、JUSCOのシートの背後にある予備のバラストスペースへと格納した。
ガギィィィン!!!
ガレージの頑強な鉄製シャッターを、俺は蒼き肩口の質量だけで文字通り「消し飛ばし」、薄暗い街路へと躍進した。
中央交易所へと続くメインストリートは、静まり返っていた。住人たちは恐怖のあまり屋内に引きこもり、街を照らしていた人工太陽の残光も、不気味な黒い霧のような電磁波に遮られている。
交易所の中央広場に、そいつはいた。
四本の蜘蛛のようなマルチ脚を持つ、漆黒の隠密特化型MS――【ブラック・アラクネ】。
その背中から伸びる無数の電磁ワイヤーが、自警団の指揮車両を完全に絡め取り、宙吊りにしている。コクピットの中で、レイラが意識を失っているのが、俺の熱源センサーに映し出された。
『……旧文明の遺物「ゼロ」、並びに最高管理者コード保持者「JUSCO」を確認』
黒い蜘蛛の頭部センサーが赤く不気味に発光し、合成された不快な音声が響く。
『我が主、カイゼル・シェル暫定評議会より、貴様らの完全消去、およびコードの回収を命じられた。抵抗は無意味である』
「買い叩きに失敗した腹いせに、今度は暗殺人形の派遣か」
俺は一歩を踏み出し、蒼い拳を固く握りしめた。背部の大型バーニアが、黒い電磁の霧を吹き飛ばすように、青白い粒子を爆発的に噴射する。
「人形風情が、我がJUSCOの日常に土足で踏み入った罪――その黒い装甲を剥ぎ取り、極上のスクラップにして支払わせてやる」




