↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/190

帰って来る場所

夕暮れ。


やわらぎの谷。


空が茜色へ染まり、温泉街には柔らかな灯りが灯り始めていた。


露店街から漂う料理の匂い。


温泉帰りの笑い声。


遠くで聞こえるヘルウルフの遠吠え。


全部が、もう“日常”だった。




谷入口。


一台の古びた馬車が、ゆっくり止まる。


降りてきたのは、一人の男だった。


ボロボロの外套。


疲れ切った顔。


剣は欠けている。


典型的な、長旅帰りの冒険者だった。


「……ここが」


男は、やわらぎの谷を見上げる。


少しだけ不安そうだった。


だが。


その時。


入口警備をしていたヘルウルフが、ふんす、と鼻を鳴らす。


敵意は無い。


まるで。


「入れ」と言うみたいに。


男は恐る恐る谷へ足を踏み入れる。


すると。


温泉の湯気が、ふわりと身体を包んだ。


その瞬間。


男の肩から、少しだけ力が抜ける。


「……あ」


気づかなかった。


ずっと、張り詰めていたことに。


◇


露店街。


「いらっしゃいませー!」


カヤの元気な声が響く。


観光客たちで賑わう街。


その中を、男はゆっくり歩いていく。


人族。


魔族。


獣人。


皆、普通に笑っている。


意味が分からない光景だった。


その時。


男の腹が鳴った。


ぐぅぅぅ。


「……」


少し恥ずかしい。


だが。


次の瞬間。


レインが、食堂前から顔を出した。


「腹減ってるだろ」


静かな声だった。


男が戸惑っていると、レインは苦笑する。


「最初は皆そんな顔する」


そして。


温泉煮込みを一杯、差し出した。


「食え」


男は、しばらく固まっていた。


だが。


湯気の匂いが強かった。


気づけば、椅子へ座っていた。


一口。


温かい。


その瞬間。


張り詰めていた何かが、少しだけ崩れる。


「……うまい」


ぽつりと漏れた。


レインは、小さく笑った。


「だろ」




その頃。


高台。


ユウは、静かに谷を見下ろしていた。


「また来た」


ミナが隣で呟く。


谷へ来る人は、毎日増えている。


でも。


最近、少し変わってきた。


観光だけじゃない。


“戻って来る人”が増えた。


以前泊まった客。


傷ついた冒険者。


旅商人。


兵士。


皆、またここへ来る。


休むために。


その時。


下の広場で、歓声が上がる。


「おかえりー!」


見ると。


以前来ていた獣人家族が、また谷へ戻ってきていた。


露店の店員たちが普通に手を振っている。


子供たちまで覚えている。


「また来た!」


「温泉入るー!」


完全に帰省だった。


その光景を見ながら、ミナがぽつりと呟く。


「……帰って来る場所」


ユウは、小さく笑う。


「ああ」


最初は、そんなつもりじゃなかった。


ただ。


休める場所を作りたかった。


でも今。


ここは、“帰って来る場所”になり始めている。




その時だった。


ブゥゥゥゥン……。


谷全域の温泉が、静かに発光する。


暖かな光が、夕暮れの街へ広がる。


すると。


谷中央上空へ、淡い古代文字が浮かび上がった。


『帰還者確認』


『休息領域、定着進行』


エルメリアが目を見開く。


「定着……?」


その瞬間。


地下深部の術式が、さらに穏やかに脈打った。


『“帰る場所”認定』


ユウだけが、その声を聞く。


そして。


少しだけ目を細めた。


過去勇者が作りたかったもの。


“休める場所”。


それは今。


誰かにとっての、“帰る場所”になっている。


その時。


グーちゃんが、高台へやって来る。


ズシン。


ズシン。


そして当然みたいにユウの隣へ座った。


ふんす。


満足そうだった。


ミナも、小さく笑う。


谷には、今日も湯気が昇っている。


暖かく。


穏やかに。


まるで。


「おかえり」と言うみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。