増えた
朝。
やわらぎの谷。
今日も、朝から賑やかだった。
「入谷待ちこちらでーす!」
「温泉街観光ツアー出発します!」
「星見露天、本日予約満室ー!」
完全に観光都市である。
しかも。
日に日に人が増えていた。
「……また増えてる」
ダンが遠い目をする。
谷入口。
昨日より明らかに列が長い。
飛行艇まで増えている。
さらに。
露店街も拡張。
新宿泊区画も増築。
地下施設、完全に止まらない。
その時。
ミナが、じーっと人混みを見ていた。
銀色の耳がぴくぴく動いている。
「……増えた」
ぽつりと呟く。
「何が?」
カヤが聞く。
ミナは、谷全体を見回した。
「……笑う人」
空気が少し静まる。
確かに。
以前より、笑い声が増えていた。
露店街。
温泉。
広場。
皆、どこか楽しそうだ。
その時。
王国兵と魔族兵が、また串焼きで揉めていた。
「それ俺のだって!」
「早い者勝ちだ!」
内容が平和すぎる。
その横では。
獣人の子供たちが、ヘルウルフへ抱きついて遊んでいる。
完全に危機感が壊れている。
だが。
ヘルウルフたちも、普通に昼寝していた。
その時。
露店街奥から歓声が上がる。
「グーちゃん来たぁ!!」
ズシン。
ズシン。
巨大な白銀魔狼。
今日も人気だった。
しかも。
最近は、完全に観光名所である。
「白銀魔狼記念写真こちら!」
「やめろぉ!!」
ダンが叫ぶ。
だが。
グーちゃん本人は、ふんす、と誇らしげだった。
完全に満更でもない。
その時。
ミナが、小さく笑う。
「……グーちゃんも増えた」
「何が?」
「ファン」
確かに増えていた。
グーちゃんグッズまで出来始めている。
終わりである。
昼。
新設された中央広場。
世界各国から来た客たちが、普通に交流していた。
翼人族。
獣人。
人族。
魔族。
竜人。
今までなら有り得ない光景。
その時。
レインの食堂前で、また大行列が出来ていた。
「温泉煮込み追加ー!!」
「並べぇぇ!!」
完全に名物化している。
さらに。
カヤの温泉まんじゅう店も限界だった。
「もう無理ぃぃ!!」
看板猫、本日三回目の悲鳴である。
その時。
ユウが、広場を静かに見渡していた。
増えた。
本当に。
人も。
店も。
笑顔も。
最初は、ただの温泉宿だった。
なのに今。
世界中から人が来ている。
その時。
ミナが、またぽつりと呟く。
「……帰る場所も増えた」
ユウが少し目を細める。
確かに。
やわらぎの谷は、“泊まる場所”じゃなくなっていた。
皆が帰ってくる場所。
疲れたら来る場所。
それが少しずつ、世界へ広がっている。
その時だった。
ブゥゥゥゥン……。
谷全域の温泉が、静かに発光する。
暖かな光が、街全体へ広がる。
すると。
谷中央上空へ、新しい古代文字が浮かび上がった。
『滞在幸福度、上昇』
『帰還率、増加』
「帰還率?」
エルメリアが首を傾げる。
その瞬間。
地下施設から、新たな映像が浮かび上がった。
世界地図。
そこへ、無数の光点が広がっている。
「……これ」
エルメリアが目を見開く。
光点は、“やわらぎの谷へ来た人たち”。
そして。
その多くが、再訪問している。
「リピーター率異常です!!」
「旅館みたいに言うな!!」
ダンがツッコむ。
だが。
実際そうだった。
一回来た人が、また戻ってくる。
誰かを連れて。
友人を。
家族を。
仲間を。
“休める場所”を、他の人へ教えるみたいに。
その時。
地下遺跡最深部。
巨大古代術式が、穏やかに反応する。
『理念拡散中』
『休息領域、世界接続進行』
ユウは、静かに温泉街を見渡した。
笑い声が増えていた。
それだけで。
この場所を作った意味は、ちゃんとある気がした。




