ユウ、温泉街を眺める
夜。
やわらぎの谷。
昼間の喧騒が、少しだけ落ち着いていた。
それでも。
露店街には灯りが残っている。
湯気。
笑い声。
遠くから聞こえる宴会の声。
以前、“還らずの谷”と呼ばれていた場所とは思えなかった。
その時。
高台へ続く坂道を、ユウはゆっくり歩いていた。
「……ここ静か」
後ろから、ミナがついてくる。
グーちゃんまで当然のように同行していた。
ズシン。
ズシン。
巨大すぎて隠密性ゼロである。
高台。
谷全体が見渡せる場所。
ユウは、静かに立ち止まった。
「……すげぇな」
ぽつりと漏れる。
眼下には。
広がる温泉街。
無数の灯り。
露店通り。
新しく増えた宿泊区画。
さらに。
谷奥側では、地下施設が形成した新区域まで光っている。
川沿い露天風呂。
星見風呂。
巨大共同浴場。
どこも人で賑わっていた。
しかも。
種族が混ざっている。
王国兵と魔族兵が酒飲んでる。
獣人の子供たちが走り回ってる。
翼人族が露天風呂で羽乾かしてる。
情報量が多い。
「……変な場所」
ミナが小さく呟く。
ユウは苦笑した。
「否定できない」
その時。
グーちゃんが、高台へどっかり座る。
谷を見下ろす姿が完全に守護神だった。
その周囲へ、ヘルウルフたちまで集まり始める。
ウォォォォォン……。
遠吠えが、静かに夜空へ響いた。
谷のあちこちから、返事が返ってくる。
まるで。
“おやすみ”みたいだった。
ユウは、静かに夜景を見つめる。
思い出す。
追放された日。
“役立たず”と言われた。
居場所なんて無かった。
温泉を掘っても笑われた。
誰も期待してなかった。
なのに今。
ここには、人が集まっている。
休みに来る。
笑いに来る。
帰って来る。
その時。
ミナが、そっと隣へ座る。
「……嬉しい?」
ユウは少し考える。
そして。
「ああ」
静かに頷いた。
「最初は、こんなつもりじゃなかったけど」
温泉掘って。
宿作って。
気づいたら。
王と魔王が来て。
谷が国家認定されて。
世界中から人が来ている。
意味が分からない。
その時。
ミナが小さく笑う。
珍しく、少しだけ柔らかい笑顔だった。
「……ユウっぽい」
「どういう意味だよ」
「気づいたら、大きくなる」
否定できなかった。
その時だった。
ブゥゥゥゥン……。
谷全域の温泉が、静かに発光する。
暖かな光が、夜の谷を包む。
すると。
高台の地面へ、淡い古代紋様が浮かび上がった。
「……また?」
ユウが苦笑する。
最近、本当に地下施設がよく反応する。
その時。
地下深部から、静かな声が響いた。
『継承者、観測』
『休息領域、安定維持』
『来訪者幸福度、高水準』
完全に温泉運営AIだった。
ダンなら絶対ツッコむ。
その時。
さらに、新しい声が続く。
『過去勇者記録照合』
『評価』
少しだけ間が空く。
そして。
『よくやっています』
ユウが、少し目を見開く。
優しい声だった。
まるで。
過去勇者本人が言ってるみたいに。
その瞬間。
谷全体の灯りが、静かに揺れた。
笑い声。
湯気。
暖かな夜。
ユウは、小さく息を吐く。
世界は変わらないかもしれない。
争いも消えない。
でも。
ここには、“休める場所”がある。
それだけで、十分だと思えた。
その時。
グーちゃんが、ふんす、と鼻を鳴らす。
ミナも、小さく頷いた。
まるで。
「そうだな」って言うみたいに。




