世界中から客が来る
“やわらぎの谷”。
正式中立地帯認定から、一週間後。
谷は……。
「人、多すぎぃぃぃ!!」
完全に限界だった。
谷入口。
長蛇の列。
馬車。
飛行艇。
大型輸送魔獣。
とにかく全部並んでいる。
「入谷待ち最後尾こちらでーす!」
カヤが半泣きで叫んでいた。
もう露店街スタッフではない。
交通整理係である。
その横では、エルメリアが青ざめていた。
「宿泊予約、三ヶ月先まで埋まりました!」
「意味分かんねぇ!!」
ダンが叫ぶ。
だが。
理由は簡単だった。
“世界初の正式中立休息領域”。
そんな場所、他に存在しない。
しかも。
王国と魔族領、両方公認。
さらに。
温泉効果は本物。
噂が爆発的に広がった。
その結果。
世界中から客が来た。
「北方連邦から来ました!」
「東海商業国家です!」
「砂漠王国の使者である!」
「竜人自治区より訪問申請!」
情報量が多すぎる。
獣人。
魔族。
人族。
さらに。
今まで見たこともない種族まで居る。
「羽生えてる人いる!!」
カヤが叫ぶ。
翼人族だった。
普通に温泉へ入りに来ている。
その時。
別方向で悲鳴が上がる。
「うわぁぁ!?」
巨大な四足獣が露店街へ入ってきた。
だが。
次の瞬間。
グーちゃんが、ふんす、と前へ出る。
すると。
大型魔獣が、すん……と静かになった。
「統率した……?」
ダンが遠い目になる。
もう誰も驚かない。
露店街。
完全に国際都市だった。
「これ美味いな!」
「その串焼き追加だ!」
「温泉卵ってなんだ!?」
各国の言葉が飛び交っている。
しかも。
全員、妙に穏やかだった。
温泉へ入ると、大体緩む。
やわらぎの谷、強すぎる。
その時。
レインの食堂前で怒号が響いた。
「並べぇぇ!!」
「温泉煮込み残り僅かだぞ!!」
地獄だった。
さらに。
カヤの温泉まんじゅう店も崩壊している。
「列整理ぃぃ!!」
看板猫、完全に限界である。
その時。
ミナが静かに店前へ立つ。
「……並ぶ」
その瞬間。
列が綺麗に整った。
「銀狼族だ……」
「怒らせたくない……」
妙な説得力だった。
高台。
エルグランとゼルヴァディスが、谷全体を見下ろしていた。
その景色は、以前と全く違う。
国も。
種族も。
全部混ざっている。
温泉街というより、小国家だった。
エルグランが静かに呟く。
「……ここまでになるとはな」
ゼルヴァディスも小さく笑う。
「余も予想外だ」
その時。
後ろからグラディウスが近づいてくる。
「陛下」
以前ほど険しい顔ではない。
だが。
まだ完全には納得していない。
グラディウスは谷を見下ろしながら言った。
「……奇妙な場所です」
「敵同士が、普通に飯を食っている」
その時。
下では。
王国兵と魔族兵が、普通に串焼きの取り合いしていた。
「それ俺の!」
「早い者勝ちだ!」
平和だった。
その瞬間。
グラディウスが、小さく息を吐く。
「……理解は出来ません」
「だが」
ほんの少しだけ、口元が緩む。
「悪くない景色です」
その時だった。
ブゥゥゥゥン――!!
谷全域の温泉が、一斉に発光する。
暖かな光が、空へ広がった。
すると。
谷中央上空へ、新たな古代文字が浮かび上がる。
『訪問者数、基準突破』
『休息領域、世界級認定』
エルメリアが固まる。
「……世界級?」
地下遺跡が、完全に別段階へ進んでいた。
さらに。
谷奥側の地面が、静かに動き始める。
ゴゴゴゴ……。
新たな区画形成。
新温泉街。
宿泊区域。
巨大水路。
地下施設が、また勝手に拡張を始めている。
ダンが頭を抱えた。
「もう止まんねぇ……」
その時。
ユウは、谷を見渡していた。
笑い声。
湯気。
世界中から来た人たち。
争いが、全部消えた訳じゃない。
でも。
ここでは、少しだけ休める。
それだけで。
意味はある気がした。




