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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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中立地帯へ

共同宴会の翌朝。


やわらぎの谷は、妙な静けさに包まれていた。


昨夜、騒ぎすぎたせいである。


露店街のあちこちで、兵士たちが転がっていた。


「頭いてぇ……」


「飲みすぎた……」


王国兵と魔族兵が、同じ方向を向いて二日酔いしている。


地獄みたいな光景だった。


その時。


カヤが呆れ顔でため息を吐く。


「昨日まで戦争寸前だったよね?」


「覚えてない……」


「駄目だこいつら」




だが。


谷を包む空気は、以前と確実に違っていた。


敵意が薄い。


警戒は残っている。


でも。


“即座に斬り合う空気”ではなくなっていた。


その時。


谷中央広場へ、大きな鐘の音が響く。


ゴォォォン――。


全員が顔を上げる。


広場中央。


そこには。


エルグラン。


ゼルヴァディス。


さらに。


グラディウスとバルグレアまで並んでいた。


空気が静まる。


何か始まる。


皆が理解した。


その時。


エルグランが、一歩前へ出る。


「やわらぎの谷について、正式決定を伝える」


低く、よく通る声だった。


王国兵たちが姿勢を正す。


観光客たちも静まり返る。


エルグランは、静かに谷を見渡した。


温泉。


露店街。


人族。


魔族。


獣人。


魔物。


そして。


笑い合っている兵士たち。


昨日までなら、有り得なかった光景。


その時。


王は、ゆっくり宣言した。


「王国は、“やわらぎの谷”を正式中立保護区域として認定する」


空気が止まる。


「…………え?」


ダンが固まる。


エルグランは続けた。


「国境・種族・所属を問わず」


「谷内部での武力行使を禁ずる」


「また、谷への軍事干渉を禁止する」


重い言葉だった。


国家宣言。


つまり。


王国側が正式に、“戦わない場所”を認めた。


その瞬間。


ゼルヴァディスも前へ出る。


「魔族領側も同意する」


ざわめきが広がる。


「やわらぎの谷を、“中立休息領域”として認定」


「谷内部での戦闘行為を禁ずる」


魔王側まで正式承認した。


完全に歴史的事件だった。




その時。


グラディウスが、静かに口を開く。


「……私は未だ、完全には納得していない」


空気が少し張る。


だが。


彼は続けた。


「だが」


視線の先。


そこでは、王国兵と魔族兵が一緒に朝飯を食っていた。


「少なくとも、この場所には」


「戦場とは違う空気がある」


静かな声だった。


完全否定ではない。


それだけで、大きな変化だった。


その時。


バルグレアも低く呟く。


「……休める場所、か」


魔族軍総司令。


武闘派。


そんな男が、少しだけ空を見上げる。


「悪くない」


その瞬間。


谷全域の温泉が、一斉に発光した。


ブゥゥゥゥン!!


暖かな光が、谷全体を包む。


露店街。


宿。


温泉。


全部が、優しく脈打つ。


そして。


谷中央上空へ、巨大な水紋様が浮かび上がった。


「なんだ……?」


観光客たちが息を呑む。


次の瞬間。


古代文字が、空へ刻まれる。


『中立休息領域』


『正式承認』


地下遺跡そのものが、認識した。


やわらぎの谷は。


正式に、“戦わない場所”となった。




その時。


グーちゃんが、ふんす、と満足そうに鼻を鳴らす。


ヘルウルフ群れも、一斉に遠吠えした。


ウォォォォォン!!


谷へ響く声。


怖くない。


むしろ。


祝福みたいだった。


ミナが、小さく笑う。


「……帰る場所」


ユウも、静かに谷を見渡した。


温泉。


笑い声。


穏やかな空気。


全部、守れた訳じゃない。


まだ問題は山ほどある。


でも。


少なくとも今。


ここには、“争わない時間”がある。


その時。


地下遺跡最深部。


巨大古代術式が、静かに反応する。


『理念達成率上昇』


『休息領域、長期安定化開始』


そして。


誰も知らないさらに深部で、新たな区画がゆっくり開き始めていた。


まるで。


“次の時代”を待つみたいに。

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