やわらぎの湯。今日も湯気が立ち上る。
朝。
やわらぎの谷。
柔らかな陽射しが、谷全体を包んでいた。
温泉の湯気が、白く空へ昇っていく。
露店街には、少しずつ人が集まり始めていた。
「朝限定まんじゅう焼けたよー!」
カヤの声が響く。
その瞬間。
「並べぇぇ!!」
「まだ開店一分だぞ!?」
いつもの騒ぎが始まる。
平和だった。
食堂では、レインが静かに鍋を混ぜている。
温泉煮込みの香りが広がる。
その匂いにつられて、王国兵と魔族兵が普通に並んでいた。
「今日は肉多めらしいぞ」
「急げ!」
完全に常連だった。
その横では。
獣人の子供たちが、ヘルウルフへ飛びついて遊んでいる。
「グーちゃんー!」
ズシン。
巨大な白銀魔狼が、ふんす、と鼻を鳴らした。
今日も人気である。
さらに。
温泉街中央では、翼人族が羽を乾かしながら茶を飲み、商人たちが露店準備を始めていた。
もう誰も。
人族だとか。
魔族だとか。
そこまで気にしていない。
もちろん。
争いが消えた訳じゃない。
外の世界では、今も色々ある。
でも。
ここでは少しだけ肩の力を抜ける。
それだけで、十分意味があった。
高台。
ユウは、静かに谷を見下ろしていた。
温泉街。
笑い声。
湯気。
人の流れ。
最初は、本当に小さな温泉宿だった。
追放されて。
行き場がなくて。
ただ、生きるために掘った温泉。
それが今。
世界中から人が来る場所になった。
「……増えたな」
ぽつりと漏れる。
その隣。
ミナが、小さく頷く。
「……いっぱい」
グーちゃんも、高台へどっかり座っている。
完全に定位置だった。
その周囲へ、ヘルウルフたちまで集まり始める。
朝の遠吠えが、静かに谷へ響く。
ウォォォォォン――。
すると。
谷のあちこちから返事が返ってきた。
まるで。
一日の始まりを告げるみたいに。
その時だった。
ブゥゥゥゥン……。
谷全域の温泉が、静かに発光する。
暖かな光が、街を包む。
露店街。
宿。
露天風呂。
全部が、優しく脈打っていた。
地下遺跡最深部。
巨大古代術式が、穏やかに反応する。
『休息領域、安定』
『共存状態、維持』
『本日も、良好』
完全に温泉運営AIだった。
ユウは、少しだけ笑う。
その時。
地下深部から、最後に静かな声が響いた。
『やわらぎの湯』
『今日も、湯気が立ち上る』
その瞬間。
谷全体の湯気が、朝日へ照らされながら空へ昇っていく。
暖かく。
穏やかに。
まるで。
“おかえり”と言うみたいに。




