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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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休める場所は必要だ

地下遺跡。


過去勇者の記録が消えた後も、誰もしばらく動けなかった。


静かな水音だけが響いている。


『せめて、“休める場所”くらい作れないかと思った』


その言葉が、まだ残っていた。


ダンが、ゆっくり頭を掻く。


「……重ぇな」


珍しく軽口が弱い。


カヤも静かだった。


「もっとこう、“世界を救え!”みたいなの想像してた……」


だが。


残されていたのは、“疲れた”という言葉だった。


戦い続けた勇者。


世界を救っても終わらない争い。


その果てに作ったのが、“休める場所”。


それが、今のやわらぎの谷へ繋がっている。




地上へ戻ると、朝の光が谷を照らしていた。


露店街。


温泉。


湯気。


人の声。


以前と同じ景色。


だが。


ユウには少し違って見えた。


その時。


修復中の屋台前で、王国兵と魔族兵が一緒に木材を運んでいた。


「そっち持て」


「重いぞこれ」


普通に共同作業している。


昨日まで殺し合い寸前だったのに。


その光景を見ながら、グラディウスが静かに呟いた。


「……理解出来ん」


隣にはバルグレアも居る。


二人とも、まだ険しい顔だ。


だが。


以前ほどの殺気は無い。


その時。


遠くで、獣人の子供が転びそうになる。


瞬間。


王国兵と魔族兵、両方が同時に手を伸ばした。


「危ない!」


「っと」


空気が止まる。


助けた二人も固まった。


数秒後。


「……そっちも見えてたのか」


「当然だ」


ぎこちない。


でも。


敵意だけではない。


その時。


グラディウスが、小さく目を細めた。


「……何故だ」


本気で分からない顔だった。


その問いへ答えたのは、ユウだった。


「疲れてるんだと思う」


全員の視線が向く。


ユウは、谷を見渡しながら続けた。


「ずっと戦ってると、余裕なくなるから」


静かな声だった。


「敵にしか見えなくなる」


「でも、休めると少し変わる」


その瞬間。


昨夜の温泉の光景が、皆の脳裏をよぎる。


王国兵。


魔族兵。


同じ湯へ浸かって。


「湯加減どうだ」とか話していた。


意味不明な光景だった。


でも。


確かに、少しだけ敵意が薄れていた。


その時。


バルグレアが低く呟く。


「……休むだけで、争いは消えん」


現実だった。


人族と魔族の歴史は重い。


そう簡単には変わらない。


だが。


ユウは頷く。


「消えないと思う」


空気が静まる。


「でも、“止まれる場所”は必要だ」


その言葉に、誰もすぐ反論できなかった。


戦争は終わらないかもしれない。


憎しみも残る。


でも。


ずっと張り詰めたままでは、人は壊れる。


だから。


休む場所が必要。


その時。


グーちゃんが、ふんす、と鼻を鳴らす。


完全に「その通り」みたいな顔だった。


ミナも、小さく頷く。


「……ここ、落ち着く」


その時だった。


ブゥゥゥゥン……。


谷全域の温泉が、淡く発光する。


暖かな風が吹いた。


露店街。


温泉。


宿。


全部が、静かに脈打つ。


地下遺跡最深部。


巨大古代術式が、穏やかに反応する。


『理念安定』


『休息領域、正常維持』


エルメリアが、小さく息を呑む。


「谷が……安定してる」


昨夜まで、崩壊寸前だった。


だが今。


術式は今までで一番静かだった。


まるで。


“これでいい”と言っているみたいに。


その時。


エルグランが、静かに空を見上げる。


「……余は、こういう場所を知らなかった」


ゼルヴァディスも、小さく笑う。


「余もだ」


王と魔王。


本来なら、最も争いを背負う者たち。


その二人が。


今は同じ谷で、同じ湯気を見ている。


その光景を見ながら、ユウは少し笑った。


世界は変わらないかもしれない。


でも。


“ここ”だけは守りたい。


そう思えた。

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