温泉へ入った兵士たち
炎。
怒号。
混乱。
やわらぎの谷は、崩壊寸前だった。
温泉施設の一角から上がる火。
逃げ惑う観光客。
武器を構える王国軍と魔族軍。
あとほんの少しで、戦争が始まる。
その時だった。
ズシン!!
巨大な影が炎の前へ飛び込む。
「グーちゃん!?」
カヤが叫ぶ。
グーちゃんだった。
巨大な白銀の身体で、燃え広がる木材を押し倒していく。
さらに。
ヘルウルフ群れが、一斉に温泉水路へ飛び込んだ。
次の瞬間。
ザバァァァァ!!
大量の温泉水が、炎へぶち撒けられる。
「消火してる!?」
ダンが目を見開く。
完全に連携だった。
グーちゃんが道を開き。
群れが水を運ぶ。
まるで訓練された部隊みたいに。
その光景へ、兵士たちまで動きを止める。
「……なんで」
若い王国兵が呆然と呟く。
敵であるはずの魔狼たちが。
街を守っている。
人を助けている。
その時。
別方向で、倒れた屋台の下から子供の泣き声が聞こえた。
「た、助け……」
瞬間。
魔族兵の一人が飛び出した。
瓦礫を吹き飛ばし、子供を抱き上げる。
「怪我はないか!」
王国側の兵士たちが固まる。
今。
助けたのは“敵”だった。
その瞬間。
空気が揺らぐ。
「……なんで助けるんだ」
王国兵が思わず聞いた。
魔族兵は、少し困った顔をした。
「子供だからだ」
当たり前みたいに。
その言葉へ、周囲が静まる。
その頃。
温泉施設側。
火はかなり収まり始めていた。
だが。
兵士たちの緊張は、まだ残っている。
剣を握る手。
魔力を纏う空気。
完全には止まれない。
その時だった。
ユウが、大声で叫ぶ。
「……とりあえず温泉入れ!!」
空気が止まる。
「……は?」
ダンが固まる。
だが。
ユウは本気だった。
「頭冷やせ!」
「いや温泉だぞ!?」
カヤがツッコむ。
だが。
既に限界だった。
このままでは、また争いになる。
だったら。
“やわらぎの谷”らしい方法で止めるしかない。
その時。
ミナが静かに頷いた。
「……入った方がいい」
説得力が異常だった。
さらに。
グーちゃんまで、ふんす、と温泉方向を向く。
完全に「入れ」と言っている。
その結果……。
数十分後。
「…………」
「…………」
王国兵と魔族兵が、同じ露天風呂へ浸かっていた。
地獄みたいな空気だった。
誰も喋らない。
気まずい。
めちゃくちゃ気まずい。
ダンが頭を抱える。
「なんでこうなった……」
その時。
ブクブクブク……。
一人の王国兵が、完全に蕩けた。
「……あ゛〜〜〜……」
空気が止まる。
さらに。
別の魔族兵まで肩の力が抜け始める。
「…………」
「……疲れてたんだな俺」
ぽつりと漏れた。
その瞬間。
空気が少し変わる。
温泉の力だった。
怒り。
警戒。
緊張。
それらが、ゆっくり緩んでいく。
その時。
隣の王国兵が、小さく呟く。
「……お前らも疲れるのか」
魔族兵が苦笑した。
「当たり前だ」
数秒。
沈黙。
そして。
「……だよな」
ほんの少しだけ。
空気が柔らかくなる。
露天風呂を見下ろす高台。
エルグランとゼルヴァディスが、静かにその光景を見ていた。
王は、小さく息を吐く。
「……不思議な場所だ」
魔王も静かに目を細める。
「戦場より、よほど厄介だ」
本音だった。
争う方が簡単だ。
敵と決めつければいい。
だが。
この谷では、それが出来なくなる。
その時。
谷全域の温泉が、淡く発光する。
ブゥゥゥゥン……。
暖かな風が吹いた。
地下遺跡最深部。
巨大古代術式が、静かに反応する。
『共存率、回復』
『戦闘回避確認』
ユウだけが、その声を聞いていた。
そして彼は、露天風呂を見ながら少し笑う。
王国兵と魔族兵が。
同じ温泉で。
「湯加減どうだ」とか話し始めている。
少し前なら、絶対有り得なかった。
でも。
それでいいと思った。
ここは、“戦わない場所”だから。
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