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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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争い寸前

やわらぎの谷。


夜明け前。


空気は重かった。


谷全体を包む、淡い青白い結界。


温泉から立ち昇る湯気。


静かな露店街。


一見、平和だ。


だが。


その内側では、緊張が限界まで張り詰めていた。


王国軍。


魔族軍。


両軍は、未だ谷入口周辺で睨み合っている。


しかも。


互いの強硬派が、一歩も引かない。


「……長くは持たんな」


ダンが低く呟く。


騎士団側では、既に武器へ手を掛ける者が増えている。


魔族軍側も同じだった。


温泉の力で抑え込まれている。


だが。


完全には消えない。


怒りも。


恐怖も。


長年積み重ねた憎しみも。


その時。


グラディウスが静かに口を開く。


「陛下」


空気が張る。


「このまま均衡を維持しても、いずれ破綻します」


低い声だった。


「人族と魔族は、本質的に相容れない」


その瞬間。


反対側のバルグレアが鋭く睨む。


「それはこちらの台詞だ」


殺気がぶつかる。


空気が軋んだ。


周囲の兵たちも反応する。


魔力。


剣。


槍。


少しずつ構え始める。


「まずい……!」


リーフェが顔を強張らせる。


その時。


ウォォォォォン!!


グーちゃんの遠吠えが響いた。


ヘルウルフ群れが、一斉に動く。


王国軍と魔族軍の間へ、綺麗に割って入った。


だが。


今度は違う。


兵たちの緊張が限界を超え始めていた。


「退け魔狼!」


一人の騎士が叫ぶ。


その瞬間。


魔族側の兵が魔力を高める。


「先に動いたのは人族だ!」


完全に最悪の流れだった。


◇


その時だった。


谷外周。


森の奥。


潜伏していた黒装束たちが、静かに笑う。


「……成功だ」


彼らの狙いは最初からこれだった。


王国軍と魔族軍を衝突させる。


谷内部で戦争を起こす。


“戦わない場所”を壊す。


そのためだけに動いていた。


黒装束の男が、ゆっくり手を上げる。


「火を放て」


次の瞬間。


ドォォォォン!!


谷外れで爆発が起きた。


「っ!?」


全員が振り向く。


温泉施設の一部から、炎が上がる。


観光客たちが悲鳴を上げた。


「火事だぁぁ!!」


「逃げろ!!」


混乱が一気に広がる。


その瞬間。


王国軍側が動く。


「魔族の攻撃か!?」


魔族側も叫ぶ。


「人族側の罠だ!!」


完全に誤解だった。


だが。


止まらない。


長年の敵意が、一気に噴き出し始める。


その時。


グラディウスが剣へ手を掛けた。


バルグレアも魔力を解放する。


空気が凍る。


次に動けば、戦争。


その瞬間だった。


「やめろぉぉぉ!!」


ユウの声が、谷全体へ響いた。


全員が止まる。


ユウは、炎の上がる方向を見ていた。


温泉施設。


露店街。


逃げ惑う人たち。


子供たち。


全部が壊れかけている。


その時。


地下遺跡最深部。


巨大古代術式が、激しく反応した。


ブゥゥゥゥン!!


谷全域の温泉が、強く発光する。


暖かな光。


だが今度は違う。


警告だった。


『共存崩壊危険度上昇』


『争い発生率急増』


『最終防衛機構、起動準備』


ユウだけが、その声を聞く。


そして理解する。


もしここで争いが始まれば……。


谷そのものが、“強制停止”へ入る。


つまり。


“やわらぎの谷”自体が壊れる。


その時。


ミナが、強くユウの腕を掴んだ。


「……止めないと」


ユウは、歯を食いしばる。


争い寸前。


全部が崩れそうだった。


それでも。


守りたい。


この場所だけは。


その瞬間。


谷の地下深部で、“何か”が静かに目を覚まし始めていた。

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