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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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グーちゃん展開

フェルザードの威圧。


それによって、“やわらぎの谷”は辛うじて崩壊を免れていた。


誰も動けない。


王国軍も。


魔族軍も。


襲撃者たちも。


完全に空気を押さえ込まれている。


だが……。


緊張そのものは消えていない。


少しでも切っ掛けがあれば、また崩れる。


その時だった。


グルルル……。


低い唸り声が響く。


全員の視線が向く。


グーちゃんだった。


巨大な身体。


黄金に近い瞳。


その周囲へ、次々とヘルウルフたちが集まり始める。


「……おい」


ダンが顔を引きつらせる。


一匹、二匹ではない。


十。


二十。


さらにその後ろ。


森の奥から、無数の赤い瞳が現れる。


ウォォォォォン!!


遠吠えが、谷全体へ響いた。


その瞬間。


やわらぎの谷全域で、ヘルウルフ群れが動き出す。


露店街。


外周。


温泉区画。


宿周辺。


全域へ、綺麗に散開していく。


「……配置についてる?」


リーフェが呆然と呟く。


完全に統率されていた。


しかも。


武装している人間や魔族の近くほど、多く配置されている。


だが。


牙は剥かない。


襲わない。


ただ、静かに居る。


“見張っている”だけだった。


その時。


グラディウスが目を細める。


「……包囲か」


軍人だからこそ理解できた。


これは脅しではない。


制圧配置だ。


しかも異常なほど合理的。


退路。


交戦距離。


視界。


全部計算されている。


バルグレアも険しい顔になる。


「魔狼共が、軍として動いている……」


普通、有り得ない。


魔物の群れにここまでの統率は存在しない。


だが。


グーちゃんが居る。


その時。


グーちゃんが、ゆっくり前へ出た。


ズシン。


ズシン。


巨大な身体が地面を揺らす。


そして。


王国軍と魔族軍、そのちょうど中央へ座った。


どちらにも偏らない位置。


その意味を理解した者たちは、息を呑む。


ミナが小さく呟く。


「……止めてる」


争わせないように。


境界線として。


グーちゃん自身が、中央へ居る。


その時。


一人の王国騎士が、思わず剣へ手を掛けた。


瞬間。


周囲のヘルウルフたちが、一斉に視線を向ける。


ゾッ、と空気が冷える。


騎士が固まった。


だが。


次の瞬間。


グーちゃんが、ふんす、と鼻を鳴らす。


すると。


ヘルウルフ群れの殺気が消えた。


誰も襲わない。


ただ、“落ち着け”と言っているみたいだった。


その光景を見て、エルグランが静かに呟く。


「……人より理性的だな」


騎士団員たちが気まずそうな顔になる。


ゼルヴァディスも、小さく笑った。


「少なくとも、無意味には吠えんな」


完全に正論だった。


その時。


谷全域の温泉が、淡く青白く光る。


ブゥゥゥゥン……。


暖かな風が吹いた。


張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。


その瞬間。


地下遺跡最深部。


巨大古代術式が、静かに反応する。


『防衛群体行動確認』


『非武力制圧、成立』


ユウだけが、その声を聞いていた。


そして。


彼は、静かにグーちゃんを見る。


巨大な魔狼。


本来なら災厄扱いされる存在。


だが今。


この谷で一番、“戦わないために動いている”。


その時。


グーちゃんが、ちらりとユウを見る。


ふんす。


少し誇らしげだった。


ダンが遠い目で呟く。


「……あいつ、もう谷の守護神だろ」


誰も否定できなかった。

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