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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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王と魔王


「……温泉、入っていくか?」


谷外周。


ユウの一言で、空気が完全に止まっていた。


黒装束たちも。


潜伏していた魔族側過激派も。


全員、理解が追いついていない。


襲撃前提で来た場所に、“歓迎”されたのだ。


しかも後ろには。


巨大なグーちゃん。


大量のヘルウルフ群れ。


普通なら圧迫感しかない。


だが。


不思議と敵意が無かった。


その時だった。


ブゥゥゥン……。


谷全域の温泉が、淡く発光する。


暖かな風。


張り詰めていた殺気が、少しだけ揺らいだ。


その瞬間。


黒装束の一人が、苦しそうに顔を歪める。


「……なんだこれ」


肩の力が抜ける。


怒りが、続かない。


温泉の魔力が、確かに空気を変えていた。




だが。


全員が揺らいだ訳ではない。


谷外れ。


森の奥。


グラディウスは、静かにその光景を見ていた。


「……甘いな」


低い声だった。


“戦わない”。


理想としては美しい。


だが。


現実では脆い。


そう信じている。


その時。


別方向の丘から、別の視線が向けられていた。


バルグレアだった。


魔族軍強硬派。


彼もまた、ユウの行動を見ている。


「武器を向けられても、戦わぬか」


険しい顔だった。


だが。


完全否定も出来ない。


何故なら。


谷の空気が、本当に異常だからだ。


争う気が、少しずつ薄れていく。


理解不能だった。



その頃。


やわらぎの谷中央。


露店街。


「なんか静かじゃない?」


カヤが周囲を見回す。


確かに,


いつもの賑わいが少し止まっていた。


皆、どこか外周を気にしている。


その時だった。


ゴォォォォォ……。


空が震える。


全員が見上げた。


巨大な白銀飛行艦。


さらに。


漆黒の魔導戦艦。


二隻。


並んで飛んでくる。


「……うわぁ」


ダンが顔を覆った。


王国旗。


魔王軍旗。


両方だ。


次の瞬間。


飛行艦から、二つの影が降り立つ。


エルグラン。


ゼルヴァディス。


王と魔王だった。


しかも。


今回は完全に“トップ会談モード”である。


周囲が一気に静まり返る。


その時。


エルグランは静かに谷を見回した。


露店。


温泉。


人族。


魔族。


獣人。


そして。


武器を持ちながら立ち尽くしている襲撃者たち。


王は、ゆっくり口を開く。


「……なるほど」


低い声だった。


その隣。


ゼルヴァディスも、静かに目を細める。


「面白い光景だ」


完全に場が止まった。


その時。


グラディウスが前へ出る。


「陛下」


空気が張り詰める。


さらに。


バルグレアも反対側から進み出た。


「魔王様」


完全に対立構図だった。


その中央に居るのは。


ユウ。


ミナ。


グーちゃん。


そして。


温泉街。


エルグランは、グラディウスを真っ直ぐ見た。


「お前は、この場所を危険だと言ったな」


「はい」


即答だった。


グラディウスは迷わない。


「共存など幻想です」


「いずれ破綻する」


その時。


バルグレアも低く口を開く。


「魔族側も同意見です」


空気が重くなる。


だが。


その瞬間。


ゼルヴァディスが小さく笑った。


「……ならば何故、まだ攻撃していない?」


バルグレアが止まる。


確かに。


武力衝突は起きていない。


起こせたはずなのに。


その理由は簡単だった。


この谷へ来ると。


殺気が続かない。


争う理由が、少しずつ揺らぐ。


理解できないが。


事実だった。


その時。


エルグランが静かにユウを見る。


「お前は、戦わなかったのか」


ユウは頷く。


「ここ、休む場所だから」


短い言葉だった。


だが。


その瞬間。


谷全域の温泉が、一斉に発光した。


ブゥゥゥゥン――!!


暖かな光が、谷を包む。


争い。


敵意。


警戒。


それらが、ゆっくり薄れていく。


そして。


地下遺跡最深部。


巨大な古代術式が、さらに起動する。


『――共存試練、進行中』


『――観測対象:王、人族、魔族』


ユウだけが、その声を聞いていた。


そして彼は理解する。


今、この谷そのものが――。


世界を試しているのだと。

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