魔族強硬派も反発
グラディウス侯爵来訪。
そのニュースは、一瞬で広がった。
王国軍強硬派。
完全武装。
そして、“やわらぎの谷”への警戒。
当然……。
魔族側も黙っていない。
魔族領。
黒曜石で作られた巨大会議場。
「……人族軍が動いただと?」
低い声が響く。
巨大な角を持つ魔族将軍が、机を睨みつけていた。
その名はバルグレア。
魔族軍東部総司令。
武闘派として有名な男だった。
周囲には高位魔族たちが並んでいる。
皆、険しい顔だ。
「しかも、王国軍強硬派グラディウスが現地入りしたとのこと」
報告役の魔族が答える。
空気が重くなる。
バルグレアは鼻を鳴らした。
「人族らしいな」
冷たい声だった。
「“共存”などという戯言を信用すると思ったか」
その時。
別の魔族が恐る恐る口を開く。
「ですが、“やわらぎの谷”の現地報告では……」
「人族との衝突は極めて少なく――」
「観光交流も成功していると――」
バルグレアは一蹴した。
「だから危険なのだ」
空気が止まる。
「魔族が牙を抜かれれば、いずれ人族へ支配される」
武闘派らしい思想だった。
長年、争ってきた。
だからこそ。
“戦わない場所”という発想自体が理解できない。
その時。
会議場奥の扉が開く。
全員が立ち上がった。
ゼルヴァディスだった。
魔王は静かに席へ座る。
空気が変わる。
バルグレアは即座に頭を下げた。
だが。
その眼には迷いがある。
ゼルヴァディスは静かに口を開いた。
「“やわらぎの谷”への干渉は禁止したはずだが?」
低い声だった。
空気が震える。
だが。
バルグレアは引かなかった。
「恐れながら申し上げます」
「現在の状況は危険です」
周囲がざわつく。
魔王へ正面から異議を唱えている。
バルグレアは続けた。
「人族軍強硬派が動いている以上、こちらも武力準備が必要です」
「もし谷が制圧されれば――」
「戦争の火種となります」
その言葉には、ある意味正しさもあった。
“やわらぎの谷”は、今や象徴だ。
壊れれば、反動も大きい。
ゼルヴァディスは静かに目を閉じる。
そして。
「……だからこそ、守る」
短い言葉だった。
だが。
バルグレアは険しい顔を崩さない。
「魔王様」
「“戦わぬ理想”だけで世界は変わりません」
空気が凍る。
完全な対立だった。
数日後。
やわらぎの谷。
「なんか空気重くない?」
カヤが耳をぴくぴく動かす。
確かに。
露店街は賑やかだ。
観光客も多い。
だが。
以前より緊張感が増している。
理由は簡単だった。
王国側。
魔族側。
両方の強硬派が動き始めたから。
その時。
ゴォォォォ……。
空が暗くなる。
皆が見上げる。
巨大な黒い飛行艦隊。
魔族軍旗。
「うわぁ……」
ダンが顔を覆った。
飛行艦から降りてきたのは、巨大な角を持つ男。
バルグレアだった。
周囲の魔族客たちがざわつく。
「東部総司令……!」
「本気の武闘派だ……」
空気が一気に張り詰める。
さらに。
谷入口側では、グラディウス率いる王国軍。
完全に睨み合いだった。
「最悪だろこれ……」
リーフェが呟く。
その時。
ズシン。
巨大な影が前へ出る。
グーちゃんだった。
さらに。
谷中のヘルウルフ群れが、一斉に動く。
ウォォォォン――!!
遠吠えが響いた。
まるで。
“争うな”と警告するみたいに。
その時。
温泉街全域の温泉が、一斉に発光した。
ブゥゥゥン……。
暖かな光。
穏やかな空気。
張り詰めた殺気が、少しだけ揺らぐ。
だが。
グラディウスも。
バルグレアも。
簡単には変わらない。
二人は、静かに互いを睨み合っていた。
その時。
地下遺跡最深部。
閉ざされていた中心区画で、巨大な古代術式が起動を始める。
『――対立観測』
『――共存試練、開始準備』
ユウだけが、その声を聞いていた。
そして彼は静かに理解する。
“やわらぎの谷”は、今まさに本当の試練へ入ろうとしているのだと。




