強硬派貴族、動く
“やわらぎの谷”。
その名は、今や王国中へ広がっていた。
温泉。
共存。
休息。
人族も。
魔族も。
獣人も。
同じ場所で過ごす“奇跡の谷”。
だが――。
当然、それを快く思わない者たちも居る。
王都。
重厚な石造りの会議室。
「認められる訳がない!」
怒声が響いた。
豪奢な服を纏った中年貴族が、机を叩く。
「魔族と共存など狂気だ!」
「しかも王自ら保護宣言を出しただと!?」
周囲の貴族たちも険しい顔をしていた。
特に問題視されているのは、“やわらぎの谷”の急成長だ。
人が集まる。
金が動く。
影響力が増す。
しかも。
王と魔王、両方の保護下。
既に普通の地方領地ではない。
「このままでは、谷が独立勢力化する」
静かな声が響く。
全員が振り向く。
部屋奥。
黒い軍服姿の男が立っていた。
鋭い目。
短い銀髪。
王国軍強硬派で有名な男。
グラディウス侯爵。
王国西方軍総司令でもある。
「……侯爵」
周囲が少し緊張する。
グラディウスは静かに続けた。
「人族と魔族は、争うことで均衡を保ってきた」
「それを崩せば、必ず歪みが生まれる」
冷たい声だった。
「“戦わない場所”など幻想に過ぎん」
空気が重くなる。
その時。
別の貴族が恐る恐る口を開いた。
「ですが、現地視察団からの報告では……」
「問題は起きておりません」
グラディウスは即座に切り捨てた。
「表面上は、だ」
その眼は鋭かった。
「異常な温泉効果」
「未解明の古代遺跡」
「魔王との接触」
「災害級魔物の存在」
「どれ一つ正常ではない」
確かにそうだった。
冷静に考えると全部おかしい。
だが。
“やわらぎの谷”では、それが普通になっている。
だから余計に危険だった。
グラディウスは静かに机へ手を置く。
「現地調査を行う」
空気が止まる。
「強制的に、だ」
数日後。
やわらぎの谷。
露店街は、いつも通り賑やかだった。
「祭り限定串焼き追加ー!」
「温泉まんじゅう焼けたよー!」
「グーちゃん便通ります!」
平和だった。
その時だった。
ゴォォォォ……。
空気が震える。
皆が空を見上げる。
谷入口上空。
巨大な軍用飛行艇群。
王国旗。
重武装騎士団。
完全武装の魔導兵器まで見える。
「……あ?」
ダンの顔が引きつった。
さらに。
地上側からも騎士団部隊が進軍してくる。
露店街の空気が、一瞬で張り詰めた。
獣人客たちの耳が動く。
魔族側も警戒し始める。
その時。
先頭の飛行艇から、一人の男が降り立った。
銀髪。
黒軍服。
鋭い目。
グラディウス侯爵。
周囲の空気が重くなる。
明らかに“戦場側の人間”だった。
グラディウスは、静かに谷を見回す。
温泉。
笑い声。
魔族。
獣人。
そして。
ヘルウルフ。
「……なるほど」
低い声だった。
その時。
ズシン。
巨大な影が前へ出る。
グーちゃんだった。
露店街全体が静まる。
普通なら戦闘になる空気。
だが。
グーちゃんは、ただユウの前へ座っただけだった。
守るみたいに。
その瞬間。
ミナも静かに隣へ立つ。
銀色の瞳が、グラディウスを真っ直ぐ見ていた。
さらに。
ゼルヴァディス配下の魔族たちまで動き始める。
空気が張り詰める。
完全に一触即発だった。
その時。
グラディウスが静かに口を開く。
「……本当に、共存しているのか」
疑い。
警戒。
そして。
理解できないものを見る目だった。
その瞬間。
ブゥゥゥン……。
地下方向から、低い振動が響く。
谷全体の温泉が、淡く青白く光り始める。
暖かな風が吹く。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
だが。
グラディウスだけは表情を変えない。
むしろ。
鋭く目を細めていた。
「……やはり危険だな」
その言葉と同時に。
地下遺跡最深部で、何かが静かに反応を始める。
まるで。
“試練”の始まりを告げるみたいに。




