名物料理
“やわらぎの谷”。
最近、露店街はさらに混沌としていた。
「温泉まんじゅう最後尾こっちでーす!」
「グーちゃん便通りまーす!」
「星空露天、本日満室ー!」
もう誰も止められない。
完全に観光都市化していた。
そんな中。
新たな名物が誕生しようとしていた。
食堂裏。
「……できた」
小さな声が響く。
全員の視線が向く。
そこに居たのは、レインだった。
以前、“味覚を失った料理人”として谷へ辿り着いた男。
今では、“やわらぎの湯”専属料理長みたいになっている。
その手には、大鍋。
湯気。
そして、凄まじく良い匂い。
ダンが鼻をひくつかせた。
「……腹減る匂いだな」
カヤまで寄ってくる。
「なに作ったの?」
レインは少しだけ照れくさそうに答えた。
「温泉煮込み」
空気が止まる。
「……そのまんま?」
だが。
匂いが異常だった。
肉。
野菜。
薬草。
温泉成分。
全部が柔らかく混ざっている。
しかも。
妙に落ち着く匂いだった。
レインは静かに器へ盛り付ける。
湯気がふわりと立ち上る。
「食べてみて」
最初に口へ運んだのはダンだった。
数秒後。
「…………」
止まる。
「え?」
カヤが覗き込む。
ダンは、ゆっくり顔を上げた。
「……なんだこれ」
静かな声だった。
だが。
目が本気だった。
「うますぎる」
次の瞬間。
全員が一斉に食べ始めた。
「うわっ……」
リーフェが目を見開く。
「身体が温まる……」
ミナも小さく頷く。
「……落ち着く」
エルメリアに至っては、無言でおかわりしていた。
怖い。
レインは少し困った顔で頭を掻く。
「温泉水、少し料理に使ってみたんだ」
その瞬間。
エルメリアが立ち上がった。
「それです!!」
「うわっ!?」
「温泉成分が食材循環へ作用しています!」
「落ち着け!」
だが。
確かに違った。
ただ美味いだけじゃない。
食べると身体の力が抜ける。
疲れが軽くなる。
温泉へ入った後みたいだった。
その時。
ズシン。
ズシン。
巨大な影が現れる。
グーちゃんだった。
しかも匂いに完全反応している。
「来たな」
ダンが笑う。
レインは苦笑しながら、大皿を差し出した。
グーちゃんは、ふんす、と鼻を鳴らして食べ始める。
数秒後。
尻尾が揺れた。
「気に入ったな」
ミナが小さく笑う。
さらに。
ヘルウルフ群れまで集まり始めた。
完全に食事タイムだった。
翌日。
問題が起きた。
「列長っ!?」
カヤが絶叫する。
食堂前。
とんでもない行列が出来ていた。
原因は当然。
“温泉煮込み”。
昨日食べた客たちが、噂を広めまくったのだ。
“食べる温泉”
“疲れが消える料理”
“魂が落ち着く”
大体そんな感じで広がっている。
「盛るな!!」
ダンがツッコむ。
だが。
実際かなり効果があった。
冒険者たちが真顔で食べている。
魔族客まで無言で完食していた。
その時。
エルグランが静かにスープを飲む。
数秒後。
「……深いな」
ゼルヴァディスも頷く。
「身体の芯が温まる」
「王と魔王がグルメ評論家化してる」
ダンがもう諦めている。
その時だった。
ブゥゥゥン……。
地下方向から、暖かな振動が響く。
食堂全体へ、淡い青白い光が流れた。
次の瞬間。
食堂奥の空間が、勝手に拡張され始める。
「また増築してるぅ!?」
客席が増えた。
厨房まで広がる。
完全に地下施設側が対応していた。
エルメリアが震える声で呟く。
「食事満足度へ反応しています……」
もう何でも反応する。
さらに。
食堂入口へ、新しい木製看板が浮かび上がった。
『名物
温泉煮込み』
レインが固まる。
「え……?」
カヤが爆笑した。
「公式認定きたぁ!!」
観光客たちが歓声を上げる。
「食べるぞー!!」
「追加三杯!!」
「並べぇぇ!!」
完全に新名物だった。
レインは少しだけ困ったように笑う。
だが。
その顔は、昔よりずっと柔らかかった。
その時。
ユウの脳裏へ、また声が響く。
『――食事領域、安定化。休息効率向上』
温泉。
街。
料理。
全部が繋がり始めていた。
そして。
地下遺跡最深部では、さらに新たな施設が静かに形成され始めていた。




