魔王の宣言
第74話
「魔王、中立地帯認定」
王による正式保護宣言。
その影響は、想像以上だった。
還らず温泉街。
入口では、王国騎士団が巡回を始めている。
だが。
普通の警備とは少し違った。
「……争い禁止?」
騎士団員の看板を見て、冒険者が首を傾げる。
そこには大きく書かれていた。
『温泉街内での敵対行為禁止』
分かりやすい。
しかも。
なぜか魔族側も普通に守っている。
「いや順応早ぇな!?」
ダンがツッコむ。
実際、空気は以前よりさらに穏やかになっていた。
王が保護宣言を出したことで、人族側の警戒が減った。
さらに。
魔族側まで変化し始めている。
その時だった。
ゴォォォォ……。
空気が震える。
空が、紫色の魔法陣で染まった。
「あー来た」
ダンが死んだ目になる。
次の瞬間。
巨大転移陣から、一団が現れた。
黒装束の魔族兵。
高位魔導士。
そして中央。
ゼルヴァディス本人だった。
しかも今日は、完全に公的モードである。
「嫌な予感しかしねぇ」
カヤが引く。
魔王は静かに温泉街を見回した。
露店。
湯気。
笑い声。
人族と魔族が普通に混ざっている景色。
その時。
グーちゃんが、ふんす、と鼻を鳴らした。
ゼルヴァディスは普通に頭を撫でる。
「慣れるなって!!」
ダンが叫ぶ。
だが。
周囲の魔族たちはもっと混乱していた。
「魔王様が魔狼を撫でている……」
「終末か……?」
世界観が壊れていた。
その時。
ゼルヴァディスが静かに前へ出る。
空気が変わる。
皆が自然と黙った。
魔王は、静かに口を開く。
「魔族領は、“還らず温泉街”を中立地帯として認定する」
空気が止まる。
「…………は?」
ダンが固まる。
周囲の魔族たちまで絶句した。
中立地帯。
それは。
人族側でも魔族側でもない、“争いを持ち込まない区域”。
歴史上、ほとんど存在しない。
しかも。
王国保護区域と同時認定。
前代未聞だった。
ゼルヴァディスは静かな声で続ける。
「この地での武力衝突を禁ずる」
「余の名において保障する」
重い言葉だった。
魔族側にとって、魔王の宣言は絶対だ。
つまり。
還らず温泉街では、人族も魔族も争えない。
完全に“特別区域”になった。
その時。
エルグランが静かに前へ出る。
王と魔王。
二人が並ぶ。
周囲の空気が止まった。
歴史書案件だった。
エルグランは静かに頷く。
「異論はない」
ゼルヴァディスも目を細める。
「ならば成立だ」
その瞬間。
ブゥゥゥゥン――!!
地下方向から、巨大な振動が響いた。
温泉街全域へ、青白い光が一気に広がる。
「うおっ!?」
カヤが目を見開く。
暖かい。
穏やか。
空気そのものが変わっていく。
露店街。
宿。
広場。
全体へ、淡い魔力が流れ込んでいた。
エルメリアが震える声を漏らす。
「共存領域……完全安定化……!」
つまり。
地下施設は、“成功”と判断した。
人族。
魔族。
獣人。
魔物。
全てが争わず過ごしている。
過去勇者が目指した、“戦わない場所”。
それが今、本当に完成し始めていた。
その時。
ユウの脳裏へ、はっきりと声が響く。
『――中立領域認定。最終段階、解放開始』
ユウが目を見開く。
次の瞬間。
地下遺跡最深部。
今まで閉ざされていた巨大区画群が、一斉に起動を始めた。
ゴォォォォ……。
谷全体が、静かに脈打ち始める。
そして。
地下のさらに奥。
まだ誰も知らない“核心”が、ついに目覚めようとしていた。




