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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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変える場所

還らず温泉街。


その名前は、もう実態に合わなくなっていた。


「……人、多すぎない?」


カヤが露店街を見渡しながら呟く。


視界いっぱいに人。


観光客。


商人。


冒険者。


獣人。


魔族。


子供たちの笑い声まで響いている。


もはや“温泉宿”ではない。


完全に街だった。


しかも。


争いが少ない。


皆、どこか穏やかだ。


温泉へ入り。


飯を食い。


露店を歩き。


昼寝する。


そんな空気が、谷全体へ広がっていた。


その時だった。


ブゥゥゥゥン……。


地下方向から、巨大な振動が響く。


全員が空を見上げた。


青白い光が、谷全域へ広がっていく。


暖かい。


優しい光だった。


エルメリアが息を呑む。


「……始まります」


「何が」


ダンが嫌そうに聞く。


エルメリアは震える声で答えた。


「地下遺跡の“最終領域形成”です」


次の瞬間。


ドォォォォォン!!


谷全体が揺れた。


「うわぁ!?」


カヤが叫ぶ。


だが。


破壊ではない。


地下水脈が発光し始めていた。


露店街の下。


宿の地下。


谷全域へ張り巡らされた水路が、一斉に光る。


そして。


谷のあちこちから、新たな温泉が湧き始めた。


「……え?」


「増えてる!?」


冒険者たちが目を見開く。


広場の端。


森の近く。


川沿い。


新しい源泉が、次々と生まれていく。


しかも。


空気そのものまで変わり始めていた。


敵意が薄い。


肩の力が抜ける。


安心感が、谷全域へ広がっていく。


その時。


グーちゃんが、大きく遠吠えした。


ウォォォォォン――!!


すると。


谷中のヘルウルフたちが、一斉に応える。


ウォォォォォン!!


ウォォォォン!!


空気が震える。


だが不思議と怖くない。


むしろ。


歓迎されているみたいだった。


ミナが静かに空を見上げる。


銀色の髪が風へ揺れる。


「……谷が喜んでる」


その時。


地下方向から、さらに巨大な光柱が立ち上がった。


ブゥゥゥゥン!!


谷全体へ、古代文字が浮かび上がる。


誰も読めない。


だが。


ユウだけは理解できた。


『――休息領域、完成』


『――共存領域、安定』


『――名称更新』


次の瞬間。


谷全域へ、暖かな波紋が広がる。


そして。


静かな声が響いた。


『――“やわらぎの谷”成立』


空気が止まる。


エルメリアが目を見開いた。


「名称が……変わった……?」


地下遺跡。


いや。


古代施設そのものが、“還らずの谷”を別の場所として認識した。


争いの谷ではない。


“休める場所”として。


その瞬間。


温泉街全体から歓声が上がる。


「温泉増えてるぞー!!」


「景色すげぇ!!」


「なんか空気気持ちよくない!?」


皆が笑っていた。


人族も。


魔族も。


獣人も。


同じ場所で。


その光景を見ながら、エルグランが静かに呟く。


「……本当に作ったのだな」


ゼルヴァディスも、小さく目を細める。


「戦わぬ場所を」


過去勇者が残した思想。


その続きを。


ユウたちが、今ここで完成させた。


ユウは、静かに谷を見渡す。


笑い声。


湯気。


暖かな風。


休んでいる人たち。


もう、追放された頃とは違う。


自分には何も無いと思っていた。


だが今。


ここには、“帰って来る場所”がある。


その時。


ミナが、そっとユウの袖を掴んだ。


「……帰る場所」


ユウは少し笑う。


「ああ」


グーちゃんも、ふんす、と満足そうに鼻を鳴らした。

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