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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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混乱

還らず温泉街。


最近の問題。


――平和すぎる。


「いや待て待て待て待て」


王都から来た騎士団員が頭を抱えていた。


その視線の先。


露店街。


人族の冒険者と魔族が、一緒に串焼きを食べている。


さらにその横では。


獣人たちが温泉まんじゅうを奪い合っていた。


平和だった。


意味が分からないくらい平和だった。


「……なんだここ」


騎士団員が呆然と呟く。


しかも。


その奥。


露天風呂。


王エルグランと魔王ゼルヴァディスが、普通に温泉へ浸かっていた。


「終わった……」


騎士団員の思考が停止した。



数日前。


還らず温泉街の噂は、完全に王都へまで広がっていた。


“魔族と人間が争わない温泉街”


当然、大混乱である。


しかも。


王本人が頻繁に通っている。


王都貴族たちは頭を抱えた。


「どういうことなのだ!?」


「なぜ魔王と混浴しているのですか陛下!!」


「危険では!?」


だが。


実際に視察へ来た者たちは、全員同じ反応をする。


「……なんか落ち着く」


それが問題だった。


温泉へ入ると、警戒心が薄れる。


争う気が失せる。


空気が穏やかになる。


しかも。


地下遺跡活性化以降、その効果がさらに強まっていた。



露店街。


「これ追加で」


「毎度ー」


普通に人族商人と魔族客が取引している。


さらに。


獣人子供たちが、ヘルウルフへ抱きついて遊んでいた。


「グーちゃんー!」


グーちゃんは、ふんす、と鼻を鳴らす。


完全に街の守護犬だった。


騎士団員たちが遠い目になる。


「災害級魔物とは……」


その時。


ミナが静かに通り過ぎる。


周囲の獣人客たちがぺこぺこ頭を下げた。


完全に上位存在扱いだった。


だが。


本人は、温泉卵を食べているだけである。


「平和だなぁ……」


カヤがぼそっと呟く。


その時だった。


「問題発生です!」


エルメリアがまた走ってきた。


全員が嫌そうな顔をする。


「今度は何だ」


ダンが死んだ目で聞く。


エルメリアは大量の資料を机へ叩きつけた。


「王都側が混乱しています!」


「知ってる」


「特に保守派貴族が大騒ぎです!」


そりゃそうだった。


長年争ってきた魔族と、普通に同じ温泉へ入っている。


しかも仲が悪くない。


世界観が崩壊している。


エルメリアはさらに続ける。


「ですが、実際に来訪した者の支持率は高いです」


「なんでだよ」


「温泉へ入ると大体落ち着くからです」


温泉が強すぎた。


その時。


エルグランが静かに茶を飲みながら口を開く。


「……悪くないと思うがな」


空気が止まる。


騎士団員たちが固まった。


「へ、陛下……」


エルグランは温泉街を静かに見渡す。


笑い声。


露店。


穏やかな空気。


争いの薄い景色。


「余は、こういう光景を見たことがなかった」


静かな声だった。


ゼルヴァディスも隣で頷く。


「余もだ」


騎士団員たちがさらに混乱する。


王と魔王の意見一致。


歴史的大事件だった。


その時。


地下方向から、暖かな振動が響いた。


ブゥゥゥン……。


温泉街全体へ、淡い青白い光が流れる。


皆の肩から、ふっと力が抜けた。


「……また強くなってない?」


リーフェが引く。


エルメリアは地下方向を見つめたまま呟く。


「共存領域、第三段階へ移行しています」


つまり。


人間側が混乱するほど。


逆に地下施設は“成功”と判断している。


過去勇者の思想。


“争わず休める場所”。


それが、現実になり始めていた。


その時。


ユウの脳裏へ、また声が響く。


『――観測対象。人族、魔族、獣人。共存率上昇』


ユウが目を細める。


そして地下遺跡最深部では、まだ開かれていない巨大区画が、静かに起動を始めていた。

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