混乱
還らず温泉街。
最近の問題。
――平和すぎる。
「いや待て待て待て待て」
王都から来た騎士団員が頭を抱えていた。
その視線の先。
露店街。
人族の冒険者と魔族が、一緒に串焼きを食べている。
さらにその横では。
獣人たちが温泉まんじゅうを奪い合っていた。
平和だった。
意味が分からないくらい平和だった。
「……なんだここ」
騎士団員が呆然と呟く。
しかも。
その奥。
露天風呂。
王エルグランと魔王ゼルヴァディスが、普通に温泉へ浸かっていた。
「終わった……」
騎士団員の思考が停止した。
◇
数日前。
還らず温泉街の噂は、完全に王都へまで広がっていた。
“魔族と人間が争わない温泉街”
当然、大混乱である。
しかも。
王本人が頻繁に通っている。
王都貴族たちは頭を抱えた。
「どういうことなのだ!?」
「なぜ魔王と混浴しているのですか陛下!!」
「危険では!?」
だが。
実際に視察へ来た者たちは、全員同じ反応をする。
「……なんか落ち着く」
それが問題だった。
温泉へ入ると、警戒心が薄れる。
争う気が失せる。
空気が穏やかになる。
しかも。
地下遺跡活性化以降、その効果がさらに強まっていた。
◇
露店街。
「これ追加で」
「毎度ー」
普通に人族商人と魔族客が取引している。
さらに。
獣人子供たちが、ヘルウルフへ抱きついて遊んでいた。
「グーちゃんー!」
グーちゃんは、ふんす、と鼻を鳴らす。
完全に街の守護犬だった。
騎士団員たちが遠い目になる。
「災害級魔物とは……」
その時。
ミナが静かに通り過ぎる。
周囲の獣人客たちがぺこぺこ頭を下げた。
完全に上位存在扱いだった。
だが。
本人は、温泉卵を食べているだけである。
「平和だなぁ……」
カヤがぼそっと呟く。
その時だった。
「問題発生です!」
エルメリアがまた走ってきた。
全員が嫌そうな顔をする。
「今度は何だ」
ダンが死んだ目で聞く。
エルメリアは大量の資料を机へ叩きつけた。
「王都側が混乱しています!」
「知ってる」
「特に保守派貴族が大騒ぎです!」
そりゃそうだった。
長年争ってきた魔族と、普通に同じ温泉へ入っている。
しかも仲が悪くない。
世界観が崩壊している。
エルメリアはさらに続ける。
「ですが、実際に来訪した者の支持率は高いです」
「なんでだよ」
「温泉へ入ると大体落ち着くからです」
温泉が強すぎた。
その時。
エルグランが静かに茶を飲みながら口を開く。
「……悪くないと思うがな」
空気が止まる。
騎士団員たちが固まった。
「へ、陛下……」
エルグランは温泉街を静かに見渡す。
笑い声。
露店。
穏やかな空気。
争いの薄い景色。
「余は、こういう光景を見たことがなかった」
静かな声だった。
ゼルヴァディスも隣で頷く。
「余もだ」
騎士団員たちがさらに混乱する。
王と魔王の意見一致。
歴史的大事件だった。
その時。
地下方向から、暖かな振動が響いた。
ブゥゥゥン……。
温泉街全体へ、淡い青白い光が流れる。
皆の肩から、ふっと力が抜けた。
「……また強くなってない?」
リーフェが引く。
エルメリアは地下方向を見つめたまま呟く。
「共存領域、第三段階へ移行しています」
つまり。
人間側が混乱するほど。
逆に地下施設は“成功”と判断している。
過去勇者の思想。
“争わず休める場所”。
それが、現実になり始めていた。
その時。
ユウの脳裏へ、また声が響く。
『――観測対象。人族、魔族、獣人。共存率上昇』
ユウが目を細める。
そして地下遺跡最深部では、まだ開かれていない巨大区画が、静かに起動を始めていた。




