魔族達
最近の問題。
――人が多すぎる。
「通れねぇぇ!!」
ダンの叫びが露店街へ響く。
観光客。
買い物客。
温泉目当ての冒険者。
獣人客。
そこへさらに、今朝から新たな集団が増えていた。
「……角、多くない?」
カヤがぽつりと呟く。
魔族だった。
露店街を歩く者たちの中へ、角持ちや魔力反応の強い者が目立つ。
しかも。
数人どころではない。
団体で来ている。
「本当に来たのかよ……」
ダンが頭を抱えた。
原因は当然、ゼルヴァディスである。
魔王本人が普通に通っているせいで、魔族領側にも噂が広まってしまった。
“魔王公認の温泉”
強すぎる宣伝だった。
その結果。
魔族観光客が押し寄せ始めた。
◇
露店街。
「おお……!」
「これが“やわらぎの湯”……!」
「空気が柔らかい……」
魔族たちは、完全に観光テンションだった。
しかも意外と礼儀正しい。
以前なら人族側が警戒しただろう。
だが。
温泉街の空気が妙に穏やかなので、大きな揉め事にならない。
その時。
「串焼き一本どうですかー!」
カヤが普通に接客していた。
魔族客が少し緊張しながら串を受け取る。
数秒後。
「うまっ!?」
「だろ?」
普通に会話成立していた。
その隣では。
獣人客と魔族客が、温泉卵の食べ比べを始めている。
意味が分からない光景だった。
リーフェが遠い目をする。
「世界観変わってきてるわね……」
その時。
露店街奥から歓声が上がった。
「出たぁぁ!!」
「本物だ!!」
皆の視線が向く。
ズシン。
ズシン。
巨大な影。
グーちゃんだった。
しかも今日は、ヘルウルフ群れが護衛みたいについている。
魔族観光客たちが一気にざわつく。
「白銀の魔狼……!」
「災厄級では!?」
「近っ!?」
だが。
グーちゃんは、ふんす、と鼻を鳴らしただけだった。
そのまま露店街を通過する。
完全に地元大型犬扱いである。
「慣れてる住民怖ぇ……」
魔族客が引いていた。
ミナが静かに後ろから歩いてくる。
銀髪。
銀狼族。
さらにグーちゃん同行。
威圧感が凄い。
だが。
露店街の子供たちは普通に駆け寄った。
「ミナー!」
「グーちゃんー!」
「……ん」
ミナが小さく手を振る。
グーちゃんも、ふんす、と鼻を鳴らす。
魔族観光客たちが完全に固まった。
「え、あの魔狼、撫でられてる……」
「終わった世界だ……」
ダンが苦笑する。
「もう今さらだろ」
◇
昼。
露天風呂。
魔族客たちは、完全に静かになっていた。
「…………」
「…………」
皆、無言で蕩けている。
温泉効果が強すぎた。
その時。
一人の鬼人族魔族が、小さく呟く。
「……肩が軽い」
別の魔族も目を見開く。
「魔力循環が安定している……?」
さらに。
「殺気が抜ける……」
空気が静まる。
魔族社会は実力主義だ。
常に警戒し。
強さを示し。
気を張って生きている。
だからこそ。
“やわらぎの湯”の異常な安心感は、強く刺さる。
その時だった。
「問題発生です!」
またエルメリアだった。
全員が嫌そうな顔をする。
「今度は何だ」
ダンが雑に聞く。
エルメリアは真顔だった。
「魔族側宿泊希望者が急増しています」
「まあそうなるわな」
「しかも定住希望率が高いです」
空気が止まる。
「また増えるのかよ!?」
エルメリアは資料を広げる。
そこには、新たな区域案が描かれていた。
『多種族共存居住区』
ダンが頭を抱える。
「とうとう街づくり始まった……」
その時。
地下方向から、暖かな振動が響いた。
ブゥゥゥン……。
温泉街全体へ、淡い青白い光が広がる。
魔族客たちが、一斉に目を見開いた。
「……落ち着く」
「ここ、変だ……」
「でも嫌じゃない……」
エルメリアが地下方向を見つめながら呟く。
「共存領域が拡張しています」
つまり。
人族。
獣人。
魔族。
それぞれが争わず過ごすほど、地下施設は反応している。
過去勇者が目指した“戦わない場所”。
それが、少しずつ本当に形になっていた。
その時。
ユウの脳裏へ、また微かな声が響く。
『――共存条件、達成率上昇』
そして地下遺跡最深部で、何か巨大な術式が静かに起動し始めていた。




