獣人達
還らず温泉街。
最近、明らかに増えたものがある。
「……耳、多くない?」
カヤがぽつりと呟く。
周囲を見れば、獣人だらけだった。
狼獣人。
猫獣人。
狐獣人。
兎獣人。
さらには熊系まで居る。
露店街を歩く獣耳率が異常に高かった。
「増えたわねぇ……」
リーフェも苦笑する。
しかも。
皆、かなり遠方から来ているらしい。
「東部獣人自治区から来ました!」
「南森部族です!」
「温泉が凄いって聞いて!」
噂が広がりまくっていた。
特に獣人たちの間で、“やわらぎの湯”は異常な人気になっている。
理由は単純だった。
「毛並みが良くなる」
「疲労回復が凄い」
「魔力循環が安定する」
そして何より。
「落ち着く」
獣人は感覚が鋭い。
だからこそ、“やわらぎの湯”の異常な安心感を強く感じ取るらしい。
その時。
露天風呂。
大量の獣人客たちが、完全に蕩けていた。
「ふにゃぁ……」
「帰りたくない……」
「ここ住みたい……」
ダメになっていた。
ミナも静かに湯へ浸かっている。
珍しく周囲へ獣人客が集まっていた。
「銀狼族……?」
「綺麗……」
皆、ミナをちらちら見ている。
ミナは少し困っていた。
「……見る」
「人気者だな」
ユウが苦笑する。
その時。
一人の小柄な狐獣人少女が、おそるおそるミナへ近づいた。
「あ、あの……」
ミナが視線を向ける。
少女は緊張したまま頭を下げた。
「し、尻尾触っていいですか……?」
空気が止まる。
ダンが吹き出した。
「何聞いてんだお前」
だが。
獣人社会では割と重要だった。
強い獣人ほど毛並みが綺麗だからだ。
ミナは少し考える。
そして。
「……少しだけ」
「わぁ……!」
少女の目が輝く。
ふわっ。
銀色の尻尾へ触れた瞬間。
「すごい……ふわふわ……」
周囲の獣人たちまでざわついた。
「銀狼族すげぇ……」
「毛並み神レベル……」
「温泉効果も入ってる……!」
完全にアイドル状態だった。
ミナは少し困った顔になる。
だが。
嫌ではなさそうだった。
その時だった。
ズシン。
ズシン。
巨大な影が露天風呂へ現れる。
「……来た」
ダンが振り向く。
グーちゃんだった。
しかも。
後ろには大量のヘルウルフ群れ。
獣人客たちが一瞬固まる。
普通なら恐怖で逃げる。
災害級魔物の群れだ。
だが次の瞬間。
グーちゃんが、ふんす、と鼻を鳴らした。
すると。
獣人たちの空気が一気に変わる。
「……優しい匂い?」
「敵意ない……」
「なんか落ち着く……」
“やわらぎの湯”効果だった。
しかも。
ヘルウルフたちも完全に温泉慣れしている。
普通に湯へ入った。
「馴染みすぎだろ」
ダンが呆れる。
その時。
獣人客の一人が、小さく呟いた。
「……ここ、争いの匂いが薄い」
空気が少し静まる。
獣人は空気に敏感だ。
敵意。
警戒。
殺気。
そういうものへ、本能的に反応する。
だが。
この温泉街には、それが少ない。
人族も。
魔族も。
魔物も。
同じ場所で休んでいる。
異常な光景だった。
その時。
エルメリアがまた大量の資料を抱えて走ってきた。
「獣人滞在率急増です!」
「もう慣れたわ」
ダンが雑に返す。
エルメリアは真顔だった。
「新規移住希望者まで出ています」
空気が止まる。
「……は?」
「長期滞在どころか、“住みたい”という声が増えています」
「いや待て待て待て」
温泉街計画。
露店街。
新館。
そして今度は移住。
規模がどんどんおかしくなっていた。
その時。
地下方向から、微かな振動が響く。
ブゥゥゥン……。
暖かな風が温泉街を抜ける。
獣人たちが一斉に耳を動かした。
「……気持ちいい」
「落ち着く……」
エルメリアが地下方向を見ながら呟く。
「休息領域、さらに拡張しています」
つまり。
人が増えるほど。
皆が休めるほど。
地下施設は活性化している。
ユウは静かに空を見上げた。
白い湯気。
笑い声。
穏やかな空気。
過去勇者が目指したもの。
それが少しずつ形になっている気がした。
その時。
また脳裏へ、微かな声が響く。
『――共存領域、形成開始』
ユウが目を見開く。
そして地下遺跡最深部で、何かがさらに目覚め始めていた。




