露店街
還らずの谷の朝は、以前とは比べ物にならないほど騒がしくなっていた。
「いらっしゃいませー!」
「焼き串一本銅貨三枚!」
「温泉卵できたてですわー!」
湯気。
呼び込み。
笑い声。
“やわらぎの湯”前の広場には、ずらりと露店が並んでいた。
「……増えすぎだろ」
ダンが遠い目をする。
数日前まで、ただの宿前広場だった場所。
今では完全に“露店街”になっていた。
食べ歩き客まで居る。
しかも朝から大盛況だ。
「温泉まんじゅう追加焼き上がりー!」
カヤが元気に叫ぶ。
既に名物化していた。
さらに。
「薬湯ありますよー!」
「湯上がり果実水どうだ!」
「冷却魔導石あります!」
店の種類まで増えている。
食堂だけでは足りなくなり、冒険者や商人たちが勝手に商売を始めた結果だった。
しかも。
妙に平和である。
本来なら喧嘩になりそうな値段交渉ですら、温泉後だと空気がゆるい。
「……まあいっか」
で済んでしまう。
温泉効果が怖かった。
その時。
「そこ、通路塞いでますわー!」
セレディアが露店配置を整理していた。
なぜか完全に運営側へ回っている。
「四天王が露店管理すんな」
ダンがツッコむ。
しかも妙に有能だった。
人の流れを整理し、混雑を減らしている。
その隣では。
ヴァルトが無言で木製屋台を量産していた。
「職人化してる……」
カヤが引く。
さらに。
ズシン。
ズシン。
重い足音。
「……来た」
ダンが振り向く。
グーちゃんだった。
巨大荷車を引いている。
しかも後ろにはヘルウルフ輸送部隊。
完全に物流担当だった。
「新鮮な魚介届いたぞー!」
「グーちゃん便早ぇ!!」
商人たちが喜んでいる。
もう誰も疑問に思わなくなっていた。
ミナが小さく頷く。
「……働き者」
グーちゃんは、ふんす、と誇らしげに鼻を鳴らした。
◇
昼頃。
露店街はさらに混雑していた。
温泉帰りの客。
買い物客。
冒険者。
魔族。
獣人。
色んな種族が混ざって歩いている。
その光景を見て、リーフェが小さく呟いた。
「……ほんとに変わったわね」
以前の還らずの谷では有り得なかった。
人族と魔族が並んで串焼きを食べている。
ヘルウルフが昼寝している横で子供が遊んでいる。
異常だ。
だが。
不思議と居心地が良かった。
その時だった。
「問題発生です!」
またエルメリアだった。
全員が嫌そうな顔をする。
「今度は何だ」
ダンが死んだ目で聞く。
エルメリアは真顔で答えた。
「露店街の温泉依存率が急上昇しています」
「意味分からん」
「皆、温泉へ入り過ぎです」
そっちの方が分かりやすかった。
実際。
露店利用客の回転率が異常だった。
買う。
食う。
温泉入る。
また買う。
また温泉入る。
無限ループである。
「滞在時間が伸びてます!」
「観光地として成功してるだけじゃねぇか!」
だが。
エルメリアは少し真面目な顔になった。
「地下遺跡側も活性化しています」
空気が少し静まる。
「またか」
リーフェが眉をひそめる。
エルメリアは地下方向を見つめた。
「休息領域拡大に連動しています」
つまり。
温泉街が広がるほど、地下施設も反応している。
過去勇者の思想。
“休める場所を広げる”。
それを実現するほど、施設が活性化しているのだ。
その時。
ブゥゥゥン……。
地下方向から、淡い青白い光が空へ伸びる。
皆が空を見上げた。
暖かい風が吹く。
すると。
露店街全体へ、ほんのり温かな魔力が流れた。
「……あれ?」
「疲れ飛んだ?」
客たちが驚く。
店主たちまで目を見開いた。
エルメリアが震える声を漏らす。
「温泉効果が……街区へ拡張されています……」
空気が止まる。
つまり。
露店街全体が、“やわらぎの湯化”し始めていた。
ダンが乾いた笑いを漏らす。
「もうただの温泉街じゃねぇ……」
その時。
ユウだけは、地下遺跡方向を静かに見ていた。
そして脳裏へ、また微かな声が響く。
『――休息領域、第二段階到達』
その声は、どこか嬉しそうだった。




