60 温泉暴走寸前
地下遺跡。
中央水盤は、静かな光を取り戻していた。
暴走していた魔力循環も落ち着き、水路へ流れる温泉水も正常へ戻っている。
……はずだった。
「落ち着いた、よな?」
ダンが恐る恐る聞く。
エルメリアは水盤を観測しながら、小さく頷いた。
「循環自体は安定しています」
「“自体は”って何だよ」
嫌な言い方だった。
その時。
ぴしっ。
小さな音が響く。
全員の視線が向く。
中央水盤の表面へ、青白い亀裂のような光が走っていた。
「……え?」
カヤが固まる。
次の瞬間。
ブゥゥゥゥン!!
地下遺跡全体が激しく震えた。
「うおっ!?」
ダンが踏ん張る。
水路全体へ、再び異常な魔力が流れ始める。
しかも今度はさっきより強い。
中央水盤の温泉水が、まるで生き物みたいに脈打っていた。
エルメリアの顔色が変わる。
「まずい……!」
「何が!?」
「制御機構そのものが過負荷を起こしています!」
全然安心できない。
ゴゴゴゴゴ……!!
天井が揺れる。
壁面の古代文字が一斉に発光した。
さらに。
地下遺跡全域へ、巨大な水路図が浮かび上がる。
「なんだこれ!?」
リーフェが息を呑む。
谷全体。
いや。
還らずの谷の地下全域へ繋がる魔力循環網だった。
その全てが、今、不安定に明滅している。
エルメリアが青ざめた。
「循環容量を超えてる……!」
「つまり!?」
「温泉が溢れます!」
「は?」
次の瞬間。
ドォォォン!!
中央水盤から、大量の温泉水が吹き上がった。
「うわぁぁ!?」
カヤが悲鳴を上げる。
熱湯ではない。
だが。
含まれている魔力量が異常だった。
地下遺跡そのものが悲鳴を上げている。
その時。
ユウが、はっと顔を上げた。
「……違う」
「何がだ?」
ダンが聞く。
ユウは中央水盤を見つめたまま呟く。
「これ、“壊れようとしてる”んじゃない」
空気が止まる。
「……え?」
エルメリアが振り向く。
ユウは苦しそうに眉を寄せた。
「力が足りてない」
「足りない?」
「循環を維持するための魔力が不足してる」
その瞬間。
フェルザードが静かに目を細めた。
『……そういうことか』
ゼルヴァディスも、低く呟く。
「長年、最低稼働で眠っていたのだな」
エルメリアが一気に理解する。
「地下施設が再起動したことで、谷全域制御モードへ移行してる……!」
「専門用語!」
「今の供給量では足りません!」
そっちの方が分かりやすかった。
つまり。
巨大施設が目覚めた。
だが動かすための力が足りない。
結果。
無理矢理、温泉そのものから魔力を吸い上げ始めている。
このままなら。
源泉が枯れる。
いや――。
暴走する。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……!!
地下遺跡最奥。
巨大扉が、さらに開いた。
暗闇の奥から、膨大な青白い光が漏れ出す。
空気が震える。
ミナが耳を伏せた。
「……強い」
グーちゃんまで低く唸っている。
本能的な警戒だった。
エルメリアが息を呑む。
「奥の主制御区画が起動しています……!」
「止められないのか!?」
「今のままでは無理です!」
地下空間全体へ、巨大な魔力圧が広がっていく。
温泉水が浮き始めた。
青白い粒子となって空中へ舞い上がる。
異常だった。
ダンが剣を構える。
「いやもう完全にラスボス戦前だろこれ!」
「分かる!」
カヤも涙目だった。
だが。
ユウだけは、巨大扉の奥を見つめていた。
怖い。
圧倒的だ。
それでも。
なぜか、“敵意”を感じない。
むしろ――。
助けを求められている感覚の方が強かった。
その時。
エルメリアが叫ぶ。
「このままだと、“やわらぎの湯”そのものが崩壊します!!」
空気が凍る。
宿。
温泉。
今まで積み上げてきた全部。
それが失われる。
ユウは静かに拳を握った。
そして。
巨大扉の奥を真っ直ぐ見据える。
「……行く」
ミナが即座に隣へ立つ。
「一緒」
グーちゃんも前へ出る。
フェルザードが小さく鼻を鳴らした。
『面白い』
ゼルヴァディスは静かに目を細める。
エルグランも剣へ手を添えた。
地下遺跡最奥。
過去勇者が残した“核心”が、今まさに目覚めようとしていた。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークやページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!




