57 勇者は争いへ疲れていた
地下遺跡。
巨大扉の奥から漏れる青白い光が、静かな空間を淡く照らしていた。
中央水盤を流れる温泉水。
壁面へ刻まれた古代文字。
そして。
過去勇者の記録。
誰も軽口を叩かなかった。
地下空間そのものが、どこか静かな重みを帯びている。
その時。
エルメリアが再び壁面へ触れた。
青白い文字が、淡く発光する。
「まだ記録があります」
全員の視線が向く。
エルメリアは静かに読み始めた。
『僕は、多くを壊した』
地下空間へ、水音が響く。
『人を救った』
『魔族を殺した』
『仲間を守った』
『敵を焼いた』
静かな声だった。
だが。
その一文一文が重い。
ダンが小さく顔をしかめる。
「……生々しいな」
勇者。
本来なら英雄譚として語られる存在。
だが、この記録は違った。
誇りも。
栄光も。
ほとんど書かれていない。
あるのは、疲労だけだった。
エルメリアはさらに読み進める。
『皆、正義を語った』
『人族も』
『魔族も』
『だが、誰も休めていなかった』
静寂。
フェルザードが静かに目を閉じる。
まるで、その時代を思い出しているみたいだった。
『戦えば褒められる』
『壊せば英雄になれる』
『止まれば責められる』
地下空間の空気が、少し重くなる。
ユウは小さく拳を握った。
その感覚は、少し分かってしまった。
役に立て。
戦え。
貢献しろ。
そう言われ続ける空気。
出来なければ価値が無いと見られる感覚。
エルメリアの声が続く。
『だから僕は疲れた』
空気が止まる。
『誰も、安心して力を抜けない世界に』
静かな言葉だった。
だが。
それが妙に胸へ刺さる。
ミナが、そっとユウの隣へ寄った。
銀色の尻尾が静かに揺れている。
その時。
エルグランが低く呟く。
「……王都も同じだな」
誰も否定しない。
貴族。
騎士。
兵士。
王。
誰もが責任を抱えている。
止まれば崩れる。
そう思いながら生きている。
ゼルヴァディスも静かに口を開いた。
「魔族領も変わらん」
低い声だった。
「強さを示し続けねば、弱者と見なされる」
魔族側も疲弊している。
だからこそ。
“やわらぎの湯”へ引き寄せられた。
戦いを忘れられるから。
少しだけ、力を抜けるから。
エルメリアが、さらに文字を読む。
『だから僕は作る』
『戦う場所ではなく』
『休める場所を』
『誰かを倒すためではなく』
『誰かが壊れないための場所を』
地下空間へ、静かな水音だけが響く。
ユウは、ゆっくり周囲を見る。
ダン。
リーフェ。
カヤ。
ミナ。
グーちゃん。
王。
魔王。
本来なら同じ場所へ居ない存在たち。
だが今。
誰も争っていない。
同じ空気の中で、静かに話を聞いている。
それが。
過去勇者の望んだ光景なのかもしれなかった。
その時。
グーちゃんが、ふんす、と静かに鼻を鳴らした。
ミナが小さく頷く。
「……落ち着く」
地下遺跡そのものが、“やわらぎの湯”と同じ空気を持っている。
敵意が薄れる。
肩の力が抜ける。
それは偶然ではなかった。
全て、この施設が作り出している。
エルメリアは壁面を見つめたまま、小さく呟く。
「……この勇者」
「ん?」
ダンが聞き返す。
エルメリアは静かに言った。
「世界を救おうとしたんじゃありません」
地下空間へ、水音が響く。
「“壊れない世界”を作ろうとしていたんです」
誰も言葉を返せなかった。
その思想は。
あまりにも優しく。
そして。
あまりにも疲れていた。
その時だった。
ゴゥゥゥン……。
巨大扉の奥から、再び重い音が響く。
青白い光が脈打つように強くなる。
エルメリアが顔を上げた。
「……奥の区画、起動しています」
ダンが顔を引きつらせた。
「いやもう絶対なんか出るだろ」
「可能性は高いですね」
「否定しろよ!」
カヤが叫ぶ。
だが。
ユウだけは、静かに奥を見つめていた。
怖い。
未知だ。
それでも。
なぜか、進まなければならない気がした。
まるで。
過去勇者の残した“続きを見ろ”と、呼ばれているみたいに。
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