56 フェルザード、過去勇者を知っていた
地下遺跡。
巨大扉の奥から漏れ出す青白い光が、静かな空間を淡く照らしていた。
誰も、すぐには動かなかった。
過去勇者。
異世界人。
そして――“戦わない場所”。
壁面へ刻まれた思想は、今も全員の胸へ重く残っている。
ダンが腕を組みながら唸った。
「……でもよ」
静かな水音が響く。
「そんな凄ぇ奴なら、歴史に名前くらい残ってるだろ」
確かにそうだった。
勇者。
それは人族側において、伝説そのものだ。
まして魔王と戦った存在なら、語り継がれていて当然。
だが。
この地下遺跡には、名前が一切残されていない。
エルグランも静かに目を細める。
「王国側の記録にも存在しないな」
「魔族側も同じだ」
ゼルヴァディスが低く答える。
「勇者伝承はいくつもある。だが、この思想を持つ勇者は記録されていない」
空気が静かになる。
その時だった。
「……記録から消されたのだろう」
低い声が響く。
全員の視線が向く。
フェルザードだった。
黒竜は、壁面の古代文字を静かに見上げている。
「消された?」
ユウが聞く。
フェルザードは小さく鼻を鳴らした。
「都合が悪かったからだ」
地下空間へ、水音だけが響く。
「当時の人間も魔族も、“戦い続けること”へ取り憑かれていた」
その声は、どこか遠い記憶を見ているようだった。
「止まれば滅ぶと思っていたのだ」
リーフェが小さく息を呑む。
フェルザードは続ける。
「そんな時代に、“休める場所を作る”などと言い出した」
黒竜の金色の瞳が細まる。
「異端だった」
静かな一言だった。
ダンがぽつりと呟く。
「……だから消された?」
「恐らくな」
フェルザードは壁面へ触れる。
「だが、あの男は気にしていなかった」
「会ったことあるんだよな」
ダンが聞く。
しばらく沈黙が落ちた。
やがて。
フェルザードは静かに頷いた。
「一度だけだ」
空気が変わる。
ユウも思わず息を呑む。
フェルザードほど長く生きる存在が、“一度だけ”と語る。
その重みは大きかった。
「どんな奴だった?」
カヤが聞く。
フェルザードは少しだけ考えるように目を閉じた。
そして。
「弱かった」
「は?」
全員の声が重なった。
「いや勇者だろ!?」
ダンが即座に突っ込む。
フェルザードは気にせず続ける。
「身体も細い。魔力量も飛び抜けてはいなかった」
「えぇ……」
カヤが困惑する。
だが。
フェルザードの声は静かだった。
「それでも妙に勝てる気がしなかった」
地下空間へ、低い声が響く。
「あの男は、“折れなかった”」
ユウは小さく目を見開く。
フェルザードは続ける。
「人間にも裏切られ」
「魔族にも狙われ」
「それでも、あの男は戦うことをやめなかった」
だが。
そこで黒竜は、小さく息を吐いた。
「……いや、違うな」
珍しく、自分の言葉を訂正する。
「あやつは、“戦うため”ではなく、“守るため”に動いていた」
静かな空気が流れる。
エルメリアも壁面を見つめながら呟く。
「だから、この施設を……」
フェルザードは頷いた。
「最終的に、あの男は言った」
黒竜の視線が、中央水盤へ向く。
『もう、誰かが壊れるところを見たくない』
その言葉に。
地下空間が静まり返った。
ダンも。
カヤも。
誰も何も言えない。
その一言だけで。
どれほど戦い続けてきたのか伝わってくる。
ユウは、静かに拳を握る。
追放された時。
自分には価値が無いと思っていた。
戦えない。
役に立たない。
そう言われ続けてきた。
だが。
この温泉は違った。
ここでは、戦う力より。
落ち着けることの方が大事だった。
その時。
ミナが、そっとユウの袖を引いた。
「……似てる」
「え?」
ミナは静かにユウを見る。
銀色の瞳が細められる。
「ユウも、“落ち着く場所”作ってる」
空気が少し止まる。
ユウは言葉に詰まった。
だが。
フェルザードが小さく笑う。
『確かにな』
珍しく、柔らかな声だった。
その時だった。
ゴゥゥゥン……。
巨大扉の奥から、再び重い音が響く。
青白い光が、さらに強くなる。
エルメリアが顔を上げた。
「……魔力流動が変わりました」
「何が起きてる?」
エルグランが低く聞く。
エルメリアは、奥を見つめたまま答える。
「遺跡が、“こちらを認識”し始めています」
ダンが顔を引きつらせる。
「いや怖ぇって」
だが。
ユウだけは、なぜか恐怖より先に感じていた。
懐かしさ。
安心感。
そして――。
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