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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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54 古代文字を記し者

地下遺跡。


青白い魔石灯が静かに空間を照らしている。


壁面へ刻まれた古代文字。


複雑に張り巡らされた水路。


そして中央水盤を循環する温泉水。


静寂の中。


エルメリアだけが、壁面を食い入るように見つめていた。


「…………」


誰も話しかけない。


彼女の集中を邪魔すると危険だと、なんとなく全員が理解し始めていた。


ダンが小声で呟く。


「今どうなってんだ?」


「解読中でしょうね」


リーフェも声を潜める。


エルメリアは壁へ触れながら、小さく文字を追っていた。


「水脈循環式……精神安定領域……自己修復構造……」


ぶつぶつ呟いている。


完全に研究モードだった。


その時。


ぴたり、と動きが止まる。


「……あ」


小さな声。


空気が少し変わる。


エルメリアは、壁面の一角をじっと見つめていた。


そこには他より古い文字列が刻まれている。


しかも。


かなり削れていた。


「読めるのか?」


ユウが聞く。


エルメリアは集中したまま、小さく頷く。


「断片的ですが……」


そして。


ゆっくり読み始めた。


『……召喚されし異邦の魂……』


空気が静まる。


『……戦を終わらせるため剣を取った……』


エルグランが静かに目を細めた。


ゼルヴァディスも黙って聞いている。


エルメリアはさらに続ける。


『……だが争いは終わらず……』


『……人も魔族も疲弊し……』


地下空間へ、水音だけが響く。


そして。


次の一文を読んだ瞬間。


エルメリアの声が止まった。


「……どうした?」


ダンが聞く。


エルメリアは、わずかに目を見開いていた。


「これ……」


彼女はゆっくり振り返る。


「勇者です」


空気が止まる。


「……は?」


「この施設を作ったのは、“過去の勇者”です」


誰も、すぐ言葉を出せなかった。


勇者。


それは人族側で最強の象徴。


魔王へ対抗する存在。


だが。


エルメリアは壁面を見つめながら続ける。


「しかも普通の勇者ではありません」


「どういう意味だ?」


エルグランが低く聞く。


エルメリアは静かに答えた。


「異世界人です」


ユウの胸が、どくりと鳴った。


異世界人。


その言葉に、なぜか強く反応してしまう。


エルメリアは壁面の文字を指差す。


「“異邦の魂”……“召喚”……“元の世界”……古代勇者召喚術式特有の記述があります」


「つまり……」


リーフェが息を呑む。


「別世界から来た人間?」


エルメリアは頷いた。


「おそらく」


静かな空気が流れる。


フェルザードが、ぽつりと呟いた。


「……やはりあの男か」


全員の視線が向く。


「知ってるの?」


ユウが聞く。


フェルザードは少しだけ目を細めた。


「遥か昔、一度だけ会った」


その声は、どこか懐かしそうだった。


「変な男だった」


「またそれかよ」


ダンが突っ込む。


フェルザードは気にせず続けた。


「強かった。恐ろしくな」


黒竜であるフェルザードがそう言う時点で異常だった。


「だが、戦いを嫌っていた」


地下空間へ静かな声が響く。


「魔族も人族も、皆疲れていると言っていた」


ユウは静かに壁面を見る。


『争う者へ湯を。

疲れた者へ休息を。

帰る場所を失った者へ、やわらぎを』


その言葉が脳裏をよぎる。


エルメリアはさらに文字を読み進める。


「……“剣では終わらない”」


「ん?」


「“だから僕は、休める場所を残す”」


静寂。


誰も口を開かなかった。


その思想は、あまりにも今の“やわらぎの湯”そのものだった。


戦う場所ではなく。


休める場所。


争いを止めるのではなく。


争いに疲れた者が戻れる場所。


ユウは小さく息を呑む。


追放され。


居場所を失い。


辿り着いた谷。


だが今、この場所には笑い声がある。


帰って来る者がいる。


それは偶然じゃなかったのかもしれない。


その時。


ゴゥゥン……。


遺跡奥から、再び重い音が響いた。


全員の視線が向く。


巨大扉のさらに奥。


暗闇の深部。


そこから、ゆっくり青白い光が漏れ始めていた。


エルメリアが息を呑む。


「……まだ奥があります」


ダンが顔を引きつらせる。


「いや絶対ラスボス部屋だろ」


「分かる」


カヤも真顔だった。


だが。


ユウだけは、暗闇から目を離せなかった。


不思議だった。


怖さよりも。


どこか懐かしい感覚の方が強い。


まるで。


その奥に居る誰かが、ずっと待っていたみたいに。

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