50 酒宴
王と魔王が同じ温泉へ浸かる――。
そんな歴史的なのか意味不明なのか分からない時間の後。
“やわらぎの湯”の食堂では、なぜか酒宴が始まっていた。
「なんでこうなった……」
ダンが遠い目で呟く。
食堂中央。
長机には料理と酒が並び、客たちまで巻き込まれている。
焼き魚。
山菜料理。
温泉水のスープ。
焼きたてのパン。
そして、商人が持ち込んだ果実酒。
完全に宴会だった。
しかも参加者が濃い。
王エルグラン。
魔王ゼルヴァディス。
四天王バルグレイ。
王国騎士団長ガルディアス。
グーちゃん。
「最後なんで混ざってんだ」
ダンが真顔になる。
グーちゃんは当然のように食堂入口で伏せていた。
完全に宴会参加勢である。
その時。
「ほう」
エルグランが小さく感心した声を漏らす。
レインの料理を口へ運んでいた。
「これは美味いな」
「……ありがとう」
レインが少し視線を逸らす。
するとゼルヴァディスも静かにスープを飲み、わずかに目を細めた。
「落ち着く味だ」
「魔王まで馴染んでる……」
ダンが頭を抱える。
一方。
カヤは完全にテンションが上がっていた。
「王様と魔王が一緒にご飯食べてる!」
「普通じゃ絶対見れない光景だな」
ユウも苦笑する。
だが実際、不思議な空気だった。
最初こそ緊張はあった。
特に王国側騎士たちは、魔族を見るたび警戒していた。
魔族側も同じだ。
長い歴史の中で積み重なった敵意は、簡単には消えない。
それでも。
温泉へ入り。
料理を食べ。
同じ空間で時間を過ごしているうちに、“今すぐ争う必要はない”という感覚だけが、少しずつ広がっていた。
その時。
バルグレイが豪快に酒瓶を持ち上げる。
「ぬるい! もっと強い酒はないのか!」
「始まった……」
ダンが顔を覆う。
すると食堂奥から、ドグランがニヤリと笑いながら現れた。
「ほっほっほ。あるぞい」
両手に抱えていたのは、大型の酒瓶。
ラベルには。
『火竜殺し』
「名前が嫌なんだよ」
ダンが即ツッコむ。
ドグランは楽しそうに瓶を置いた。
「ドワーフ秘蔵酒じゃ。度数はまぁ……少し高め」
「少し?」
リーフェが眉をひそめる。
ドグランは視線を逸らした。
嫌な予感しかしない。
だが。
「ほう」
バルグレイが興味を示す。
ゼルヴァディスも静かに瓶を見る。
エルグランに至っては、なぜか少し楽しそうだった。
「面白い。付き合おう」
「王!?」
ガルディアスが顔色を変える。
遅かった。
数分後。
宴会が加速した。
「はっはっは!!」
エルグランが笑っている。
かなり珍しい。
王として常に威厳を崩さなかった男が、今は酒を片手に笑っていた。
「貴様、意外と飲むな」
ゼルヴァディスが静かに酒を置く。
「そちらこそ」
火花が散る。
酒豪同士だった。
そして。
ゴク。
バルグレイが一気飲みする。
数秒後。
「ぬおおおおおっ!?」
突然立ち上がった。
「燃えるッ!!」
次の瞬間。
ボォッ!!
口から火が出た。
「またかぁ!!」
ダンのツッコミが響く。
以前フェルザードも同じことをしていた。
どうやらこの酒、本当に危険らしい。
カヤは爆笑していた。
「バルグレイ火吹いた!!」
「笑い事ではない!」
本人は真剣だった。
だが。
その横で。
「……ふ」
ゼルヴァディスが小さく吹き出す。
空気が止まる。
カヤが目を見開いた。
「魔王様、今笑いました?」
「笑っていない」
「絶対笑った」
ミナまで頷く。
さらに。
エルグランまで肩を震わせ始めた。
「くっ……」
「王まで!?」
ガルディアスが頭を抱える。
もう駄目だった。
空気が完全に崩れている。
その時。
グゥゥゥゥ……。
低い声が響く。
振り向くと、グーちゃんがじっと酒瓶を見ていた。
「やめろ」
ダンが即答する。
「絶対駄目だぞ」
ミナも真顔だった。
しかし。
グーちゃんは静かに鼻を鳴らす。
どう見ても飲みたそうだった。
数秒後。
フェルザードがニヤリと笑う。
「少しだけならどうだ?」
「やめろぉ!!」
止める暇もなかった。
ぺろ。
グーちゃんが酒を舐める。
沈黙。
そして。
ぼふん。
鼻先から小さく火が出た。
「お前もかぁ!!」
食堂が爆笑に包まれる。
グーちゃん本人も少し驚いた顔をしていた。
しかも。
ふんす。
ちょっと誇らしげ。
「気に入ってる!」
カヤが笑い転げる。
白い湯気が夜空へ静かに昇っていく。
還らずの谷。
争いの外側にある場所。
その奥では今、人族も魔族も、王も魔王も、同じ酒を飲みながら笑っていた。




