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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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49 王と魔王

夜の“やわらぎの湯”は、昼間よりさらに静かだった。


白い湯気が月明かりへ溶け、水路を流れる温泉の音だけが穏やかに響いている。


宿泊客たちは食後の時間を過ごし、食堂からは小さな笑い声が漏れていた。


だが今夜。


露天風呂には、とんでもない光景が広がっている。


「…………」


「…………」


露天風呂の中央。


湯気の中で向かい合っていたのは――


アルディオン王国国王、エルグラン・ヴァルディス。


そして魔王、ゼルヴァディス。


人族と魔族、それぞれの頂点だった。


同じ湯へ浸かっている。


意味が分からない。


ダンが頭を抱える。


「歴史書に載るぞこれ……」


「しかも絵面がシュール」


カヤが小声で言った。


実際シュールだった。


王と魔王が、肩まで湯へ浸かりながら静かに息を吐いている。


しかもその間には。


どすん。


当然のようにグーちゃん。


完全に中央管理職である。


その時。


ふぅ……。


エルグランが深く息を吐いた。


肩の力が抜けている。


王としての威厳は残っている。


だが今は、“一人の疲れた男”として温泉へ浸かっていた。


ゼルヴァディスが静かに視線を向ける。


「……疲れているな」


エルグランは苦笑した。


「そちらもだろう」


「否定はしない」


短いやり取り。


だが、そこには以前ほどの鋭さが無かった。


温泉の湯気が、静かに二人の間を流れていく。


長い年月。


人族と魔族は争ってきた。


国境。


資源。


思想。


幾度も戦い、互いに傷つけ合ってきた。


当然、簡単に分かり合えるわけではない。


だが今、この場所では。


“今すぐ憎まなければならない”という感覚だけが、妙に薄れていた。


その時だった。


ざぷん。


バルグレイが湯へ沈みながら低く唸る。


「……くそ。身体が軽い」


「認めた」


カヤが笑う。


「認めていない」


即否定だった。


だが顔はかなり緩んでいる。


一方。


反対側では、王国騎士団長ガルディアスも難しい顔で温泉へ浸かっていた。


「…………」


数秒後。


「……これは反則では?」


真顔だった。


ダンが吹き出す。


「騎士団長まで落ちた!」


「黙れ」


だが否定できない。


温泉へ入るたび、蓄積していた疲労が抜けていく。


しかも身体だけではない。


神経の摩耗まで、静かに癒されていく感覚があった。


その時。


グゥゥゥゥ……。


低い声が響く。


グーちゃんだった。


巨大な身体を揺らしながら、王と魔王を見る。


そして。


ぐい。


ゼルヴァディス側へ寄る。


さらに。


ぐい。


エルグラン側へも寄る。


「…………」


「…………」


二人とも押された。


「狭いな」


「お前が大きいんだ」


珍しく、王と魔王のツッコミが揃った。


数秒後。


露天風呂全体へ笑いが広がる。


カヤは湯船を叩いて笑っていた。


「息ぴったり!」


「やめろ」


「やめてくれ」


また同時だった。


「仲良い」


ミナがぽつりと言う。


「違う!!」


今度は完全に揃った。


ダンが腹を抱える。


「もう駄目だこの空間」


だが。


笑っているうちに、不思議と空気は柔らかくなっていく。


敵同士。


本来なら、剣を向け合う存在。


それなのに今は、同じ湯へ浸かりながら疲れた顔で息を吐いている。


その光景を、ユウは少し離れた場所から静かに見ていた。


リーフェが隣へ来る。


「……本当に、あり得ないわね」


「うん」


ユウは苦笑した。


「でも、ちょっと安心した」


「安心?」


「戦う人たちも、ちゃんと疲れるんだなって」


その言葉に、リーフェは少し黙る。


そして静かに湯気を見る。


王も。


魔王も。


強い者ほど、休み方を忘れている。


だからこそ、この場所へ来ると崩れるのかもしれない。


その時。


ぐぅぅぅ……。


また腹の音が響く。


空気が止まる。


音源。


エルグラン。


さらに。


ぐぅぅぅ……。


今度はゼルヴァディス。


「…………」


「…………」


数秒後。


ダンが耐え切れず吹き出した。


「なんで張り合うんだよ!!」


「張り合ってない」


「偶然だ」


二人同時だった。


また笑いが起こる。


白い湯気が夜空へ静かに昇っていく。


還らずの谷。


争いの外側にある場所。


その奥で今、人族の王と魔族の王が、同じ湯気の中で笑っていた。

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