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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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05.流れる湯

還らずの谷での生活が始まってから数日が過ぎていた。


朝になればユウは源泉と水路の確認を行い、ミナは森へ入って魚や木の実を取ってくる。


昼には二人で廃屋の修理を進め、夕方になる頃には揃って温泉へ浸かる。


そんな静かな生活が、いつの間にか自然に続くようになっていた。


危険地帯と呼ばれる場所のはずなのに、この谷には妙な穏やかさがある。


迷いの森に漂っていた重苦しい緊張感も、還らずの谷へ入った途端に薄れてしまうのだ。


白い湯気。


穏やかな水音。


柔らかな空気。


ユウは水路の脇へしゃがみ込みながら、小さく息を吐く。


「……やっぱりここ、流れが弱いな」


源泉から引いた湯は、石組みの水路を通して建物周辺へ流している。


だが長年放置されていたせいで、一部は崩れ、流れも不安定になっていた。


ユウはそっと水へ触れる。


すると、流れの感覚が指先へ伝わってきた。


湯温。


勢い。


魔力の揺らぎ。


今ではかなり自然に分かるようになっている。


ユウは目を閉じながら意識を集中する。


「……ここか」


小さく呟き、ずれていた石を慎重に動かした。


その瞬間、滞っていた湯が滑らかに流れ始める。


岩へぶつかって乱れていた水音が穏やかになり、冷えていた場所へ温かな湯気が広がっていった。


ミナが隣で耳を揺らす。


「変わった」


「分かる?」


「ん。前より落ち着いてる」


ミナは流れる湯をじっと見つめながら、感覚を確かめるように尻尾をゆっくり揺らしていた。


獣人だからなのか、彼女は温泉や水の変化へかなり敏感だった。


ユウは少し照れくさそうに笑う。


「なんとなくだけど、この温泉って流れを整えると効果も安定する気がするんだよね」


「効果?」


「疲れにくくなったり、身体が軽くなったり」


そう言いながら、ユウはミナの肩を見る。


数日前まで深かった傷は、既にかなり薄くなっていた。


普通なら数週間はかかる怪我だ。


だが今では、少し赤みが残る程度まで回復している。


ミナ自身もそれを感じているのだろう。


肩を軽く回しながら、小さく呟いた。


「もう痛くない」


「やっぱり異常だな……」


ユウは温泉を見つめる。


ただ温かいだけではない。


この湯には明確な回復効果がある。


しかも、自分が水質を整えると、その効果がさらに安定する感覚があった。


まるで温泉そのものが“最適な状態”を求めているようだった。


ユウは再び水路へ触れる。


流れを少し調整する。


すると湯の巡りが変わり、周囲の空気まで柔らかくなった気がした。


その瞬間だった。


「……あ」


ミナが小さく声を漏らす。


振り向くと、彼女は自分の腕をじっと見ていた。


そこには、森で付けたらしい細かな擦り傷があった。


だが今、その傷がゆっくり薄くなっている。


「治ってる……?」


ユウが目を見開く。


ミナも少し驚いたように耳を揺らした。


「さっき、切った」


間違いない。


ついさっきまであった傷だ。


それが温泉の湯気に触れ、水路の近くにいただけで回復し始めている。


ユウは静かに息を呑む。


ここまで明確な効果があるとは思っていなかった。


しかも。


「……流れを整えた後から強くなってる」


水質を安定させたことで、温泉全体の効果が上がっている。


それが感覚ではなく、目に見えて分かるほどだった。


ミナは自分の腕を見つめた後、ゆっくり温泉の方を見る。


白い湯気。


静かな湯。


その銀色の瞳には、少し不思議そうな色が浮かんでいた。


「ここ、変」


「うん。かなり変」


ユウは苦笑する。


だが悪い気はしなかった。


むしろ、この場所へ来て初めて、自分の力が誰かの役に立っている実感があった。


戦えない。


派手なこともできない。


それでも、自分は確かにこの温泉を整え、誰かを助けている。


その事実が、胸の奥を静かに温かくしていた。


夕方になる頃には、水路の整備もかなり進んでいた。


源泉から流れる湯は安定し、建物周辺にも均等に熱が回るようになっている。


ユウが満足そうに頷くと、ミナは温泉の縁へ腰を下ろしながらぽつりと言った。


「……ユウの力、好き」


「え?」


突然の言葉に、ユウは目を瞬かせる。


ミナは真顔だった。


「落ち着く」


その短い言葉に、ユウは少しだけ黙り込む。


これまで自分のスキルは、“役立たず”としか言われてこなかった。


だがミナは違う。


戦えるかどうかではなく、この場所を整える力として見てくれている。


ユウは少し照れくさそうに笑った。


「……ありがとう」


白い湯気が夕焼けの中で揺れる。


還らずの谷。


人が恐れる危険地帯。


だがその奥では今、静かな水音と穏やかな笑い声が響いていた。


そしてユウは少しずつ理解し始めていた。


この温泉は、ただ身体を癒すだけの場所じゃない。


ここは、人の心まで静かに解きほぐしていく場所なのだと。

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