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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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42 四天王セレディア潜入

ヴァルトが“やわらぎの湯”へ現れてから、一日。


現在,彼は完全に馴染んでいた。


「……おかわり」


「また!?」


カヤが笑いながらパンを追加する。


ヴァルトは眠そうな顔のまま、静かに受け取った。


その隣では、グーちゃんが完全にくつろいでいる。


巨大な尻尾が、ヴァルトの背中へ自然に乗っていた。


「もう定位置なんだよなぁ……」


ダンが遠い目をする。


しかも。


客たちまで慣れ始めていた。


「最初びっくりしたけど、あの子静かだよな」


「ずっと眠そう」


「グーちゃんと相性いいな」


順応が早い。


その時だった。


ミナの耳がぴくりと動く。


「……もう一人」


空気が少し変わる。


リーフェも静かに顔を上げた。


「強いわね」


昨日のヴァルトとは違う。


もっと鋭い。


もっと“人を惑わす”空気。


ダンが反射的に剣へ手を掛けかけ――。


「待って」


ミナがぽつりと言う。


「敵じゃない」


「分かるのか?」


「……楽しそう」


数秒後。


森の奥から、ゆっくり一人の女性が姿を現した。


長い銀紫色の髪。


艶やかな紅い瞳。


深紫のローブを纏った、美しい女魔族。


その瞬間。


宿泊客たちが一斉に固まる。


「……え」


「魔族?」


しかも。


かなり高位。


ただ立っているだけで分かる。


空気が違う。


だが女性――セレディアは、そんな周囲の緊張を気にもせず、宿を見上げた。


白い湯気。


木造建築。


流れる温泉。


そして。


露天風呂で、グーちゃんの尻尾を抱えて半分寝ているヴァルト。


「…………」


セレディアの口元が引きつった。


「何してますの、あなた」


ヴァルトがぼんやり顔を上げる。


「温泉」


「見れば分かりますわ」


完全に保護者だった。


空気が少し止まる。


そして。


「知り合い?」


カヤが素直に聞いた。


セレディアは数秒黙った後、優雅に微笑む。


「ええ。少し、困った同僚ですの」


「同僚!?」


ダンがツッコむ。


だが。


その瞬間。


リーフェの目が細くなった。


魔力は昨日のヴァルトと同等、いやそれ以上。


間違いなく、超高位存在。


しかも。


「……魔王軍」


小さく呟く。


セレディアの視線が、ゆっくりリーフェへ向いた。


そして。


にこり。


妖艶な笑み。


「鋭いですわねぇ」


空気が張り詰める。


客たちの顔色が変わる。


魔王軍。


つまり。


敵対国家の中枢。


本来なら、ここで戦闘になってもおかしくない。


だが。


「温泉、入る?」


ユウが普通に聞いた。


沈黙。


「そこなんですの!?」


セレディアが初めて素でツッコんだ。



数十分後。


セレディアは普通に露天風呂へ浸かっていた。


「…………」


沈黙。


「…………」


さらに沈黙。


「……何ですのここ」


第一声がそれだった。


肩まで湯へ沈めながら、呆然としている。


分かる。


実際、初めて入る者は大体そうなる。


温泉へ入った瞬間。


身体の緊張が溶ける。


頭の奥まで静かになる。


しかも、この場所全体の空気が異常なほど穏やかだ。


セレディアは長く戦場と諜報の世界で生きてきた。


誰よりも“警戒”へ慣れている。


だからこそ分かる。


この空間は異常だった。


「……敵意が続かない」


ぽつりと呟く。


その隣では、ヴァルトが完全に湯へ沈みかけていた。


「寝るな」


「ん……」


半分寝ている。


グーちゃんまで、その横でふぅ……と鼻を鳴らしていた。


完全にお昼寝空間だった。


その時。


ざぷん。


小型ヘルウルフが、セレディアの隣へ入ってくる。


「…………」


普通なら有り得ない。


だが。


ヘルウルフは、ちらりとセレディアを見た後。


静かに湯へ浸かった。


敵意がない。


セレディアはしばらく黙っていたが。


やがて、小さく笑う。


「……本当に、争わないんですのね」


その声には、もう最初の警戒が薄れていた。



夜の食堂。


セレディアはレインの料理を口へ運びながら、静かに周囲を見ていた。


冒険者。


商人。


獣人。


魔物。


そして魔族。


本来なら同席など有り得ない。


だが、この場所では自然に成立している。


その時。


「これ美味しいよ!」


カヤが焼き菓子を差し出してくる。


セレディアは少し目を瞬かせた。


警戒ゼロだった。


普通、人族はもっと恐れる。


だが。


この宿では、“客”として扱われている。


セレディアは小さく笑った。


「いただきますわ」


一口食べる。


甘い。


優しい味。


その瞬間。


ふっと肩の力が抜けた。


「……なるほど」


小さく呟く。


魔王軍。


人族。


本来なら敵同士。


だが今。


自分はただ、温泉宿で食事をしている。


その異常さが、逆に心地良かった。


その時。


「セレディア」


ヴァルトがぼんやり聞く。


「ここ、好き」


即答だった。


セレディアは数秒黙った後。


ふっ、と笑う。


「……ええ。少し分かりますわ」


白い湯気が夜空へ静かに昇っていく。


還らずの谷。


争いの外側にある場所。


その奥へ今。


魔王軍四天王までもが、静かに居場所を見つけ始めていた。

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