↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/198

41 四天王ヴァルト潜入

還らずの谷の朝は、今日も穏やかだった。


白い湯気が谷全体を包み、水路を流れる温泉の音が静かに響いている。


“やわらぎの湯”では、朝食の準備が始まっていた。


厨房から漂う焼きたてパンの香り。


レインが仕込むスープの匂い。


客たちも少しずつ起き始め、宿全体へゆったりした空気が流れている。


その頃。


迷いの森の奥では。


「……本当に一人で行くんですの?」


セレディアが呆れたようにため息を吐いていた。


その前では、ヴァルトがぼんやりした顔で頷く。


「潜入」


「温泉入りたいだけでしょう?」


「否定はしない」


即答だった。


セレディアは額を押さえる。


本来、“四天王潜入”など重大任務である。


もっと緊張感が必要だ。


だがヴァルトは完全に眠そうだった。


「まぁ……確かに、いきなり二人で行くと警戒されそうですけれど」


「ん」


「絶対問題起こさないでくださいましよ?」


ヴァルトは少し考えた後。


「多分」


「その返事が一番不安ですのよ」


◇


数十分後。


“やわらぎの湯”。


朝食準備で少し慌ただしい食堂へ、カヤの声が響いていた。


「パン焼けたー!」


「運ぶ時走るな!」


ダンが即ツッコむ。


いつもの朝だった。


その時。


ミナの耳がぴくりと動く。


「……来る」


ユウが顔を上げる。


「お客さん?」


「一人」


ミナは静かに森を見る。


「眠そう」


「情報そこなんだ」


ダンが苦笑した。


やがて。


ガサ、と茂みが揺れる。


森の奥から現れたのは――。


小柄な少年だった。


淡い灰銀色の髪。


眠たそうな瞳。


旅装は簡素だが、妙に質が良い。


そして何より。


「…………」


歩き方に隙が無い。


リーフェが静かに目を細めた。


かなり強い。


それも異常なほど。


だが。


少年は宿を見た瞬間。


「……温泉」


ぽつりと呟いた。


目が少し輝いていた。


緊張感が消える。


「なんか思ったより普通だな……?」


ダンが戸惑う。


少年――ヴァルトは、ぼんやりした顔のまま宿を見上げる。


白い湯気。


木造の建物。


流れる温泉。


そして。


露天風呂で寝ているグーちゃん。


「……大きい」


グーちゃんがゆっくり片目を開ける。


黄金色の瞳と、ヴァルトの眠そうな視線がぶつかった。


空気が少し静かになる。


客たちが緊張した。


だが。


ヴァルトは。


「もふもふ」


第一声がそれだった。


「そこ!?」


ダンが思わずツッコむ。


グーちゃんも若干困惑していた。


するとヴァルトは、ぺこりと頭を下げる。


「……入っていい?」


完全に温泉目当てだった。


ユウは少し瞬きをした後、穏やかに笑う。


「もちろん。いらっしゃい、“やわらぎの湯”へ」


◇


数十分後。


ヴァルトは露天風呂へ浸かっていた。


「…………」


無言。


完全停止。


湯気の中で、半分溶けている。


「大丈夫かあいつ」


ダンが不安そうに見る。


「死んでない?」


カヤまで心配し始めた。


だが次の瞬間。


「……はぁ」


ヴァルトが、深く息を吐いた。


その顔から、完全に力が抜けている。


「生き返った顔してる」


「むしろ今まで死んでたんじゃない?」


カヤが真顔で言う。


実際。


ヴァルトは普段、魔王軍四天王として働いている。


前線管理。


強力魔物の制御。


戦場監視。


魔族領でも上位存在ほど休めない。


だからこそ。


この温泉の“力を抜いていい空気”は、異常なほど刺さっていた。


その時。


ざぶん。


隣へグーちゃんが入ってくる。


巨大な身体が湯へ沈む。


ヴァルトはちらりと見る。


「……大きい」


グーちゃんは静かに鼻を鳴らした。


そして。


ぽふ。


巨大な尻尾が、ヴァルトの肩へ軽く乗る。


沈黙。


「え」


カヤが固まる。


「懐かれてる?」


ミナが静かに頷いた。


「グーちゃん、眠そうな人好き」


「基準ゆるいな!?」


ダンがツッコむ。


だがヴァルト本人は。


「……あったかい」


尻尾を抱えていた。


完全に気に入っている。


◇


その日の昼。


食堂。


ヴァルトはレインの料理を無言で食べていた。


焼き魚。


温泉スープ。


焼きたてパン。


そして。


「……美味しい」


ぽつり。


小さいが、確かな声だった。


レインが少しだけ目を瞬かせる。


ヴァルトは続ける。


「久しぶりに、ゆっくり食べた」


その言葉に、食堂が少し静かになる。


普段、彼もまた戦い続けているのだ。


魔族も。


人族も。


結局、疲れている。


その時。


「おかわりあるよ!」


カヤが元気よくパン籠を差し出した。


ヴァルトは数秒見つめた後。


「……ください」


素直だった。


「なんか普通に馴染んでない?」


ダンが遠い目をする。


その頃。


森の奥。


木陰から様子を見守っていたセレディアは、小さく笑っていた。


「……本当に、“争う空気”がありませんのね」


白い湯気が昼空へ静かに昇っていく。


還らずの谷。


その奥では今。


魔王軍四天王の一人が、災害級魔物の尻尾を抱えながら温泉へ浸かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。