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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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36 王国調査隊を編成

アルディオン王国――王都アストリア。


王城内の一室では、重苦しい空気が流れていた。


長机の上へ並ぶ大量の報告書。


その全てに、同じ単語が何度も記されている。


――“やわらぎの湯”。


国王エルグラン・ヴァルディスは、静かに書類を閉じた。


「……増えているな」


低い声が響く。


側近が緊張した顔で頷いた。


「はい。還らずの谷へ向かった冒険者、商人、薬師、その多くが同様の報告をしています」


・身体疲労の大幅軽減。

・精神安定作用。

・高位魔物との非戦闘状態。

・危険区域内での異常な安全性。


そして何より。


「“人と魔物が共存している”……か」


エルグランが静かに呟く。


普通なら有り得ない。


ヘルウルフは上位魔物だ。


ましてやグレートヘルウルフなど、遭遇時点で災害指定される存在である。


それが温泉へ浸かっている。


しかも客と共存している。


意味が分からない。


だが問題は、“意味不明な噂”では済まなくなっていることだった。


「現在、“やわらぎの湯”へ向かう者が日に日に増加しています」


「放置すれば街道化する可能性もあります」


別の文官が真剣な顔で続ける。


還らずの谷は、本来立入危険区域だ。


そこへ人が集まり始めている。


もし何かあれば、王国側にも責任が発生する。


さらに。


「魔族領側でも噂が広がっているとの情報があります」


その瞬間、室内の空気が少し張った。


エルグランが目を細める。


「……魔族領まで届いたか」


「はい。現時点では直接的な動きは確認されていません。しかし、“魔王軍が興味を示している”という情報も」


王は小さく息を吐いた。


ただの温泉宿なら問題ない。


だが。


・解析不能な魔力循環。

・精神干渉に近い効果。

・高位魔物との共存。

・魔族側からの関心。


ここまで揃えば、国家として無視はできない。


しばらく沈黙した後。


エルグランは静かに口を開いた。


「調査隊を出す」


空気が引き締まる。


「ただし、武力威圧は禁止だ」


側近たちが少し驚いた顔をする。


エルグランは続けた。


「報告を見る限り、“やわらぎの湯”側には敵意がない。刺激すべきではない」


それは王としての直感でもあった。


もし本当に、“争いを和らげる場所”が存在しているなら。


無理に踏み込めば壊れる。


そんな気がしたのだ。


「調査目的は三つ」


王の声が静かに響く。


「温泉の実態確認」


「谷の安全性確認」


「そして――」


一瞬、言葉が止まる。


「“やわらぎの湯”の管理者との接触だ」



数日後。


王都冒険者ギルド。


奥の会議室では、数名の冒険者が集められていた。


「還らずの谷の再調査ぁ?」


大剣を背負った男が眉をひそめる。


「今さら?」


机の向こうでは、ギルド職員が困ったように咳払いした。


「王国から正式依頼だ。“やわらぎの湯”の確認も含まれる。出発は1週間後。」


その瞬間。


冒険者たちの空気が妙に変わる。


「あー……」


「温泉か」


「飯美味いらしいな」


「そこ!?」


職員が思わずツッコむ。


だが実際、既に噂は広がり切っていた。


還らずの谷。


危険地帯。


なのに妙に居心地が良い温泉宿。


しかも最近では、“行った者ほどまた行きたがる”という妙な現象まで起きている。


その時。


会議室の扉が開いた。


「悪い、遅れた」


入ってきたのはダンだった。


「お、本人来た」


「経験者だ」


空気が少し和らぐ。


ギルド職員が安堵したように頷く。


「ちょうど良かった。ダン、お前にも同行依頼が出てる」


「やっぱそうなるか」


ダンは苦笑しながら椅子へ座った。


そして真顔で言う。


「先に言っとく」


「グーちゃん居るぞ」


数秒の沈黙。


「……誰?」


新人冒険者が首を傾げる。


ダンは遠い目をした。


「グレートヘルウルフだ」


会議室が静まり返った。


「帰りたい」


新人が即答した。



その頃。


還らずの谷――“やわらぎの湯”。


「……人、多い」


ミナが森の奥を見ながらぽつりと呟く。


耳が小さく揺れている。


ユウは水路の調整をしながら顔を上げた。


「またお客さん?」


「違う」


ミナは静かに目を細める。


「鎧の音」


空気が少し変わる。


リーフェも視線を森へ向けた。


「……統率されてるわね」


つまり。


冒険者の集団ではない。


訓練された動きだ。


その時だった。


グゥゥゥゥ……。


低い声が響く。


グーちゃんが、温泉からゆっくり立ち上がっていた。


黄金色の瞳が、森の奥を静かに見つめる。


普段の気の抜けた空気ではない。


災害級魔物としての圧が、わずかに滲む。


客たちの顔色が変わる。


「え……?」


「な、何か来るのか?」


白い湯気が静かに揺れる。


そして森の奥から、複数の気配が近づいてきていた。


王国。


ついに、“やわらぎの湯”へ正式な調査を開始する。

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