表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/75

35 火を吹くフェルザード

夜の“やわらぎの湯”は、昼間とは違う賑わいに包まれていた。


食堂には暖かな灯りが並び、客たちの笑い声が響いている。


温泉帰りの冒険者たちは頬を緩めながら料理を囲み、レインの作る夕食と酒を楽しんでいた。


そして最近、その輪の中へ自然に混ざる存在が増えている。


「……普通に居るなぁ」


ダンが遠い目をする。


視線の先。


そこでは、人型になったフェルザードが静かに席へ座っていた。


長い黒髪を後ろへ流し、湯上がりらしく少し気怠そうに酒杯を傾けている。


完全に常連だった。


しかも妙に似合う。


「なんであんなに絵になるんだ……」


「顔がいい」


ミナが即答する。


「そこは否定できねぇ」


ダンが頷いた。


その時。


カヤが、食堂の奥から一本の酒瓶を抱えて走ってくる。


「ダンが街から買ってきたやつ!」


「お、もう開けるのか」


それは王都産の果実酒だった。


ほんのり赤みがかった琥珀色。


香りが強く、冒険者にも人気の高い酒だ。


ドグランが嬉しそうに笑う。


「久々に良い酒じゃのぉ!」


「今日は客も多いしな」


ダンが瓶を受け取りながら言う。


その時だった。


フェルザードの金色の瞳が、すっと酒瓶へ向く。


『……酒か』


「飲む?」


カヤが無邪気に聞く。


空気が少し止まる。


リーフェが小さく目を細めた。


「……古竜って酒飲むの?」


『飲む』


即答だった。


しかも妙に真顔である。


ダンが少し嫌な予感を覚える。


「ちなみに、酒癖とか――」


『問題ない』


「その“問題ない”信用できねぇんだよな……」


だが既に遅かった。


カヤが嬉しそうに杯へ酒を注ぐ。


フェルザードはそれを静かに持ち上げた。


『果実系か』


「分かるんだ」


『香りでな』


やはり無駄に詳しい。


そしてフェルザードは、一口ゆっくり飲んだ。


数秒。


静寂。


『……ほう』


金色の瞳が少し細められる。


どうやら気に入ったらしい。


「お、美味いか?」


『悪くない』


珍しく素直な評価だった。


その瞬間。


カヤが調子に乗った。


「もっと飲む?」


『いただこう』


「やめろカヤ」


ダンが即止めに入る。


だがカヤは聞かない。


数分後。


フェルザードの前には、空いた酒瓶が並んでいた。


「飲みすぎでは?」


リーフェが冷静に呟く。


だがフェルザード本人は、ほとんど表情が変わっていない。


『まだ問題ない』


「だからその台詞が怖ぇんだよ」


ダンが頭を抱える。


その時だった。


フェルザードが、ふいに小さく息を吐く。


『……熱いな』


次の瞬間。


ぼっ――!!


小さな火炎が、口から漏れた。


空気が止まる。


「「「うぉぉぉっ!?」」」


客たちが一斉に飛び退く。


フェルザード自身も、一瞬だけ固まった。


『……』


『……』


数秒後。


『酒で火が漏れた』


「見れば分かるわ!!」


ダンのツッコミが炸裂する。


しかも火力が無駄に高かった。


天井近くまで火柱が伸び、食堂の空気が一瞬熱くなる。


だが。


不思議なことに、建物は燃えていない。


ユウが慌てて水路を確認する。


「温泉の魔力が防いでる……?」


リーフェが目を瞬かせた。


どうやら“やわらぎの湯”そのものが、熱を緩和したらしい。


相変わらず謎性能である。


その頃。


フェルザードは静かに額へ手を当てていた。


『……失態だ』


「失態のスケールがでかいんだよ」


ダンが即座に返す。


するとカヤが、目を輝かせながら身を乗り出した。


「もう一回やって!」


『やらん』


「えー!」


『宴会芸ではない』


真顔だった。


だがその時。


グゥゥゥゥ……。


低い声が響く。


振り向くと、グーちゃんがじっとフェルザードを見ていた。


そして。


ふんっ。


鼻息。


その瞬間。


ぼっ。


小さな火が鼻先から漏れた。


沈黙。


「グーちゃんもできるの!?」


カヤが叫ぶ。


『……真似したな』


フェルザードが呆れたように呟く。


どうやらグーちゃん、完全に対抗意識を燃やしているらしい。


しかも客たちは。


「かわいい」


「いや災害級魔物なんだよな?」


「でもかわいい」


順応しすぎていた。


その後。


「酒は禁止」


レインが真顔で宣告した。


『……』


フェルザードが静かに目を逸らす。


完全に怒られている。


しかも。


「火吹くなら外」


ミナまで追加した。


『承知した』


妙に素直だった。


食堂には笑い声が広がっていく。


白い湯気。


暖かな灯り。


穏やかな夜。


古竜が酒で火を吹き、災害級魔物が真似をする。


意味は分からない。


だが、不思議と平和だった。


還らずの谷。


その奥では今、今日も誰かが笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ