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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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34 フェルザード

フェルザードが“やわらぎの湯”へ現れてから三日。


還らずの谷の住人たちは、恐ろしい速度で順応していた。


「順応力どうなってんだよ……」


ダンが遠い目をする。


現在、露天風呂では。


グーちゃんが湯へ浸かり。


その隣で、小型化したフェルザードが静かに温泉を堪能していた。


黒い鱗の小竜が、湯気の中で目を細めている。


どう見ても異常な光景だ。


だが客たちは、もう普通に受け入れ始めている。


「フェルザード様って、意外と静かなんだな」


「グーちゃんより落ち着いてるかも」


「グーちゃんは大型犬感あるからな……」


そんな会話まで聞こえてくる始末だった。


その時だった。


フェルザードが、ふいに低い声を響かせる。


『……狭い』


「また言った」


カヤが吹き出す。


確かに、小型化しても少し窮屈そうではある。


本来のフェルザードは古竜だ。


身体の大きさそのものが違う。


フェルザードは湯へ浸かったまま、小さく息を吐いた。


『本来の姿では壊れる』


「まぁ壊れるね」


ユウが苦笑する。


するとフェルザードは、じっと湯気を見つめた後。


『……ならば』


黒い魔力が、ふわりと身体を包み込む。


「ん?」


カヤが瞬きをする。


次の瞬間。


小竜の姿が、ゆっくり人型へ変化し始めた。


黒い鱗が光へ溶ける。


角が縮み。


巨大だった魔力が静かに圧縮されていく。


そして数秒後。


露天風呂の中へ現れたのは、一人の男だった。


長い黒髪。


鋭い金色の瞳。


整った顔立ち。


背は高いが、体格は人間と同程度。


ただし頭部には黒曜石のような竜角が残っている。


さらに。


黒い湯気のような魔力が、薄く全身を漂っていた。


空気が止まる。


「…………」


「…………」


数秒後。


「イケメン!?」


カヤが叫んだ。


ダンも思わず固まる。


「人型なれるのかよ……」


『古竜を何だと思っている』


フェルザードが静かに目を細める。


声は低く落ち着いていた。


だが。


今の姿だと、妙に絵になる。


露天風呂へ浸かる黒髪の竜人。


白い湯気。


夕暮れの空。


無駄に雰囲気があった。


「なんか急に高級感出たな……」


ダンが呆然と呟く。


その時だった。


ざぷん。


隣のグーちゃんが、じっとフェルザードを見る。


『……なんだ』


フェルザードが眉を寄せる。


すると。


グーちゃんは、ふいっとそっぽを向いた。


「嫉妬してる?」


カヤがぽつりと言う。


『してない』


グーちゃんが即座に鼻を鳴らした。


だが、どこか不満そうだった。


ミナが静かに頷く。


「グーちゃん、“見た目ずるい”って思ってる」


「分かるの!?」


ダンがツッコむ。


その時。


露天風呂へ入っていた若い冒険者の女性が、恐る恐るフェルザードを見る。


「あ、あの……」


『なんだ』


「その……本当に古竜なんですか?」


『そうだ』


「……」


女性冒険者はしばらく黙り込む。


やがて。


「想像と違いました……」


『よく言われる』


フェルザードが真顔で返した。


カヤが吹き出す。


しかもフェルザードは、人型になってから妙に所作が丁寧だった。


温泉へ入る動きも静か。


湯をかき混ぜない。


座り方まで綺麗。


「なんか貴族っぽい」


「古竜だからなぁ……」


ダンが苦笑する。


その時。


食堂側から、レインが料理を運んできた。


湯上がり用の軽食らしい。


焼き魚。


温泉卵。


そして、香草を使った簡単なスープ。


『……ほう』


フェルザードの金色の瞳が細められる。


どうやら興味を持ったらしい。


レインは少しだけ警戒しながら皿を置いた。


「食べるか?」


『いただこう』


礼儀正しかった。


そしてフェルザードは、静かに焼き魚を口へ運ぶ。


数秒後。


『……美味いな』


空気が止まる。


レインが少し目を見開いた。


フェルザードは続ける。


『火加減が良い。香草も強すぎない』


「味レビュー始まった!?」


ダンが叫ぶ。


しかも妙に具体的だ。


レインは少し驚いた後、小さく息を吐いた。


「……分かるのか」


『我は長く生きている。味にはうるさい』


少し誇らしげだった。


その横で。


グーちゃんがじぃっと焼き魚を見ている。


『……』


『……欲しいのか』


グーちゃんの尻尾が、どすん、と一回床を叩く。


完全に肯定だった。


数秒後。


「古竜が魚取り分けてる……」


カヤが呆然と呟く。


露天風呂には、静かな笑い声が広がっていく。


白い湯気。


穏やかな空気。


人間。


魔物。


古竜。


本来なら、絶対に交わらないはずの存在たち。


だが今、この“やわらぎの湯”では、誰も争っていなかった。


フェルザードは静かに湯気を見上げる。


長い時を生きてきた。


戦いも。


破壊も。


数え切れないほど見てきた。


だが。


こんな静かな場所は、初めてだった。


『……悪くない』


小さく漏れたその言葉は、白い湯気の中へ静かに溶けていった。

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