表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/75

23 薬草採取人

“やわらぎの湯”へ客が訪れることは、もう珍しくなくなり始めていた。


冒険者。


行商人。


薬草採取人。


噂を聞きつけた旅人まで現れるようになり、還らずの谷だったはずの場所には、少しずつ人の気配が増えている。


もちろん最初は全員同じ反応をする。


ヘルウルフを見て青ざめ。


グーちゃんを見て絶望する。


そして数時間後には温泉へ浸かっている。


最近では、そんな流れが定番になりつつあった。


「順応力高すぎるだろ人類」


ダンが呆れたように呟く。


その隣で、グーちゃんは今日も温泉へ浸かっていた。


完全に主である。


そんな昼下がり。


ミナの耳がぴくりと動く。


「……薬」


「薬?」


ユウが首を傾げる。


少し遅れて、独特の香りが風へ混ざった。


乾燥薬草の匂いだ。


やがて森の奥から、一人の女性が姿を現した。


深緑色のローブ。


腰には大量の薬瓶。


背中には薬草の詰まった革袋。


年齢は二十代後半ほどだろうか。


切れ長の目をした、知的そうな女性だった。


だが彼女は谷へ入った瞬間、その場で完全に固まった。


「…………」


視線の先には、温泉へ浸かるグーちゃん。


さらに周囲にはヘルウルフの群れ。


女性はゆっくり後退しかけた。


「待ってください帰らないで」


ユウが慌てて声を掛ける。


「いや、無理でしょうこれは」


女性が真顔で返す。


正論だった。


するとダンが苦笑しながら前へ出る。


「大丈夫だ。襲わねぇよ」


「グレートヘルウルフですよね?」


「そう」


「大丈夫要素どこです?」


「温泉好き」


「意味が分かりません」


女性は頭を押さえた。


だがそのやり取りを聞いていたグーちゃんは、興味なさそうに欠伸をした後、再び湯へ沈んだ。


完全にやる気がない。


女性はしばらく呆然としていたが、やがて小さく息を吐く。


「……本当に噂通りなんですね」


「噂?」


リーフェが聞き返す。


女性は頷いた。


「“身体だけじゃなく精神まで安定する温泉がある”って、最近薬師たちの間でも話題なんです」


その言葉に、リーフェが静かに目を細める。


やはり広がっている。


しかも今度は薬師の間だ。


女性は改めて温泉を見る。


「私は薬師のセシルです。少し、この温泉を調べさせてもらえませんか?」


薬師――セシル。


彼女の目には、明らかな探究心が宿っていた。


普通の温泉ではない。


その噂を聞き、確かめに来たのだろう。


ユウは少し考えた後、頷いた。


「いいよ。危ないものじゃないし」


「……今のところはな」


ダンがぼそっと呟く。


リーフェは聞こえていたが、何も言わなかった。


実際、この温泉は普通ではない。


だが不思議と、“害意”だけは感じないのだ。


その後。


セシルはすぐ調査を始めた。


小瓶へ湯を採取し、香りを確認し、薬液を混ぜ、魔力反応を調べていく。


かなり慣れた手つきだった。


「ふむ……」


真剣な顔で分析を続ける。


最初は普通だった。


湯に含まれる微量な魔力。


高い浄化作用。


身体活性効果。


その辺りまでは理解できる。


だが。


「……え?」


セシルの眉が寄る。


再び薬液を混ぜる。


色が変わる。


もう一種類試す。


今度は薬液が白煙を上げた。


「ちょ、ちょっと待って」


さらに別の魔道具を取り出し、魔力波長を測定する。


だが数秒後。


パキン。


小さな音を立てて、魔道具が割れた。


空気が止まる。


カヤが目を丸くした。


「壊れたね」


「壊れましたね……」


セシル自身が一番困惑していた。


彼女は再び温泉を見る。


表情が真剣になる。


「……解析できない」


「そんなに?」


ユウが少し驚く。


セシルはゆっくり頷いた。


「普通の温泉なら、魔力傾向や効能は分類できます。でもこれは……」


言葉が止まる。


どう説明すればいいのか分からないのだろう。


やがてセシルは小さく息を吐いた。


「“安定しすぎている”んです」


リーフェが静かに視線を向ける。


セシルは続けた。


「魔力って普通、揺らぐんです。自然魔力なら特に。でもこの温泉、流れそのものが完成されてる」


まるで。


“誰かが常に整え続けている”みたいに。


その言葉に、リーフェは静かにユウを見る。


やはり原因は彼だ。


ユウ自身は全く自覚していないが、この谷全体を無意識に調律している。


だからこそ、温泉の力が異常なほど安定しているのだ。


セシルはさらに真剣な顔で温泉を見る。


「しかも……精神安定効果がありますね、これ」


「分かるの?」


カヤが首を傾げる。


セシルは頷いた。


「薬学的に説明できませんけど。ここ、妙に落ち着きません?」


その瞬間。


全員が少し黙る。


やはり、誰でも感じるのだ。


この場所の“やわらぎ”を。


その時。


グゥゥゥゥ……。


低い声が響く。


振り向くと、グーちゃんが温泉から上がり、セシルの横へ近づいてきていた。


巨大な身体が目の前へ来る。


セシルの顔が引きつる。


「ひっ」


だがグーちゃんは、セシルの薬草袋をじっと見つめていた。


「……え?」


ミナがぽつりと言う。


「薬草の匂い好きらしい」


「災害級魔物に嗜好があるんですか?」


「温泉も好き」


「情報量が多い」


セシルが頭を抱える。


だが次の瞬間、グーちゃんは静かに鼻を鳴らし、そのままセシルの隣へ座り込んだ。


まるで、“ここは安全だ”と言うように。


セシルはしばらく呆然としていたが、やがて小さく笑ってしまう。


「……本当に変な場所ですね」


その声には、もう最初ほどの警戒は無かった。


白い湯気が夕暮れの空へ溶けていく。


還らずの谷。


その奥では今、誰にも解析できない“やわらぎ”が静かに広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ