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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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02.自分のスキルを自覚する

翌朝、還らずの谷には静かな霧が漂っていた。


森を覆っていた冷たい空気は少し和らいでいた。


木々の隙間から差し込む淡い朝日が、白く立ち上る湯気を柔らかく照らしている。


鳥の鳴き声すら聞こえない静寂の中で、耳へ届くのは源泉から流れ出す湯の音だけだった。


ユウは古びた建物の軒先へ腰を下ろしながら、小さく息を吐く。


昨夜は久しぶりによく眠れた。


追放されてからの数日間、胸の奥にあった重苦しさが、温泉へ入ったことで軽くなっている気がする。


もちろん、現実が変わったわけじゃない。


行き場はない。


金もない。


これからどう生きていくのかも決まっていない。


それでも、不思議なくらい気持ちは落ち着いていた。


ユウはゆっくり立ち上がり、温泉の方へ歩いていく。


岩場から絶えず湧き出している湯は朝日を受けて淡く輝き、水面には周囲の木々が揺れて映っていた。


その景色は、人が恐れる危険地帯の奥とは思えないほど穏やかで、どこか現実感すら薄い。


「……本当に、誰もいないんだな」


呟きながら膝をつき、そっと湯へ手を浸す。


その瞬間だった。


「……あれ?」


指先へ伝わった感覚に、ユウは小さく目を見開く。


温かい。


だが、それだけじゃない。


湯の流れ。


温度。


含まれている魔力。


それらが、まるで指先から直接伝わってくるような感覚があった。


ユウは驚きながら、ゆっくり意識を集中させる。


すると、水面がわずかに揺れた。


「……動いた?」


次の瞬間、湯の温度がほんの少しだけ変わる。


熱すぎず、ぬるすぎず、身体の力が自然に抜けるような、絶妙な温度へ変化していた。


ユウは思わず息を呑む。


今、自分は意図的に温泉へ干渉した。


しかも無理やり変化させたわけではない。


“整えた”。


そんな感覚だった。


ユウはもう一度、ゆっくり湯へ触れる。


すると今度は、水路を流れる湯の勢いが少し安定した。


岩へぶつかって乱れていた流れが滑らかになり、水音まで穏やかに変わっていく。


「これ……俺のスキル?」


ユウは呆然と呟く。


【水質変化】。


それが自分のスキルだった。


水温を変える。


水質を安定させる。


流れを調整する。


ただそれだけの地味な能力。


冒険者たちはよく言っていた。


『戦えないスキル』


『雑用向け』


『外れ能力』


実際、その通りだった。


戦闘で役立ったことはほとんどない。


派手な魔法もなければ、魔物を倒す火力もない。


だから最後には、必要ないと言われた。


だが。


「……違う」


ユウは静かに温泉を見つめる。


この場所だけは違った。


普通の水へスキルを使う時とは感覚がまるで違う。


この温泉は、自分の力を自然に受け入れている。


まるで最初から、“整えられる”ことを前提に存在しているかのようだった。


ユウはそっと両手を湯へ沈める。


意識を集中すると、水の感覚がさらに鮮明になる。


流れが分かる。


湯温の僅かな差が分かる。


源泉から溢れる魔力の揺らぎまで、指先を通じて伝わってくる。


そしてユウがその乱れを整えると、温泉全体が静かに落ち着いていく。


「……すごいな」


自然に声が漏れた。


まるで温泉そのものと会話しているような感覚だった。


流れを整える。


温度を安定させる。


水質を最適化する。


それは戦うための力じゃない。


誰かを傷つける力でもない。


けれど、この場所では確かに意味がある。


ユウはゆっくり立ち上がり、壊れかけた建物を見る。


崩れた壁。


傾いた柱。


止まりかけている水路。


直す場所は多い。


だが今なら思える。


自分にも、この場所でできることがある。


「……ここ、ちゃんと整えてみるか」


その言葉は驚くほど自然に口から出た。


誰かに必要とされたいとか、大きなことをしたいとか、そんな立派な理由じゃない。


ただ、この静かな場所を壊したくなかった。


湯気が揺れる。


穏やかな水音が響く。


還らずの谷の奥深くで、ユウは初めて自分の力の意味を見つけ始めていた。

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