四天王の打ち上げ花火
初の夏祭りは、昼を過ぎた頃には街全体を包み込むほどの賑わいになっていた。
大通りには人間、魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、それに天使たちまで混じって歩き、屋台からは肉を焼く匂いと甘い菓子の香りが途切れることなく漂っている。
調理師学校の生徒たちが出した屋台には長い列ができ、カヤが考案した夏限定の冷やし温泉まんじゅうも、予想以上の勢いで売れていた。
足湯付きの国際平和議事堂でさえ、この日ばかりは祭りの休憩所になっている。
国王と魔王が並んで足湯へ浸かりながら串焼きを食べ、その周囲では各国の外交官たちが飲み物を片手に談笑していた。
少し離れた場所では、ミナとグーちゃんたちが巡回を続けている。
「迷子、六人目」
ミナが報告すると、ダンが目を丸くした。
「もう六人?」
「全部見つけた」
「さすがだな」
グーちゃんの後ろには何頭ものヘルウルフが続いていた。
普段なら恐れられてもおかしくない光景なのに、今日は子供たちから「あっ、もふもふ自警団だ!」と手を振られている。
そんな賑やかな祭りも、夕方が近づくにつれて少しずつ雰囲気を変えていった。
屋台の灯りが一つずつ点き始め、空は赤から紫へと染まっていく。
祭りの最後を飾る大花火大会を前に、街の高台では別の意味で緊張が高まっていた。
「だから、火力を上げすぎるなと言っているでしょう」
セレディアの冷たい声に、バルグレイがすぐさま反論する。
「分かっている。さっきより三割落としている!」
「あなたの三割減は、普通の魔術師なら全力以上よ」
「俺を普通と比べるな!」
「だから困っているのよ!」
少し離れたところから様子を見ていたダンが、ユウに小声で尋ねた。
「大丈夫なのか、これ?」
「たぶん」
「その『たぶん』が怖いんだけど」
今回の花火は、普通の魔法花火だけでは終わらなかった。
せっかくならこの街でしか見られないものを作ろうという話になり、最終的に『獄炎』のバルグレイと『氷華』のセレディアが中心となって、二つの属性魔法を組み合わせた特殊な花火を作ることになったのである。
まず、炎の魔力を圧縮して空へ打ち上げ、上空で弾けさせる。
そこへセレディアが極小の氷晶を広げ、光魔法を重ねることで、炎だけでは出せない色と輝きを生み出すという仕組みだった。
理屈を説明されたユウはなんとなく理解したものの、ダンは途中で諦めていた。
「つまり、どういうことだ?」
「バルグレイが上げて、セレディアがきれいにする」
「説明が雑!」
ユウの答えにダンが突っ込むと、エルメリアが横から苦笑した。
「間違ってはいないけどね」
もっとも、この二人を組ませることには大きな問題があった。
「俺の炎を冷やしすぎるな!」
「あなたが熱くしすぎるから調整しているの!」
「花火は炎だぞ!」
「爆発させるだけなら花火とは呼ばないわ!」
「じゃあ、派手に燃えればいい!」
「それは火事よ!」
ダンが額を押さえた。
「なんで祭りの最後を、この二人に任せたんだろう……」
「属性の相性がいいからでしょうね」
リーフェが冷静に答えると、ダンは言い争う二人へ目を向けた。
「性格の相性は最悪なんだけど」
とはいえ、試験そのものは少しずつ形になっていた。
バルグレイが小さな炎球を空へ打ち上げると、赤い光が夜になりかけた空を昇り、一定の高さへ達したところで弾けた。
その瞬間、セレディアが指を動かす。
炎の周囲へ細かな氷晶が広がり、夕日の残光と重ねられた光魔法を受けて一斉に輝いた。
赤い炎の外側に青と銀の光が生まれ、淡い紫を交えながら、大きな花のような形へと広がっていく。
見守っていた者たちから、感嘆の声が上がった。
「おお……」
ユウも思わず空を見上げた。
「すごいね」
「見たか!」
バルグレイが得意そうに腕を組むと、セレディアがすぐに口を挟んだ。
「最後に形を整えたのは私よ」
「最初の炎がなければ、何も始まらん!」
「その炎が暴れないようにしているのも私でしょう」
「また始まった」
ダンが肩を落とす横で、二人は早くも次の試験について言い合っていた。
その後も調整は続いたが、すべてがうまくいったわけではない。
炎が強すぎて赤一色になったかと思えば、氷晶を増やしすぎて打ち上げの勢いが落ちることもあった。
光魔法の出力を上げすぎた時には、高台が昼間のように明るくなり、見守っていた全員が目を細めた。
花火が空中で巨大な氷の球になり、そのまま落ちかけたこともある。
「セレディア!」
「分かってる!」
彼女が即座に魔法を組み直すと、氷球は細かな雪へ変わり、ひらひらと高台へ降ってきた。
カヤが嬉しそうに両手を伸ばす。
「涼しい!」
「楽しむな! 今、失敗したところだぞ!」
ダンが叫んだものの、カヤは降ってくる雪を見上げたままだった。
けれど、失敗の原因を確かめて調整を重ねるうちに、二人の息は少しずつ合い始めた。
「次は俺が二段階で爆ぜさせる」
「なら、一度目は冷却しない。二度目だけ氷晶を広げるわ」
「光はどうする?」
「中心を白、外側を青にする。炎は赤を残して」
「注文が多いな」
「できるでしょう?」
バルグレイが笑った。
「誰に言っている」
その言葉に、セレディアもわずかに口元を上げた。
やがて日が完全に沈み、大通りや露店街、足湯広場の明かりが少しずつ落とされていった。
大浴場の外灯も通行に必要なものだけを残し、街を包んでいた騒がしさが静まっていく。
国王も魔王も、元英雄たちもガレスたちも、調理師学校の生徒たちも、夜空を見上げていた。
天使や古竜、精霊だけでなく、街に暮らす住民や祭りに訪れた旅人たちも、花火の始まりを待っている。
高台では、ユウがバルグレイとセレディアのそばに立っていた。
「準備できた?」
「当然だ」
バルグレイが拳を握り、セレディアも静かに頷いた。
「始めましょう」
最初の炎が打ち上がると、赤い光の筋が夜空へ一直線に昇っていった。
十分な高さに達したところで大きく弾け、轟音とともに広がる赤い光の外側へ、青白い氷晶が咲く。
街中から歓声が上がった。
続いて、二本の光が打ち上がる。
赤と青の光は絡み合うように昇って空で交差し、弾けた瞬間、無数の光を星のように散らした。
その光はゆっくり落ちながら、青から紫へ、紫から銀へと色を変えていく。
「すごい……」
ミナが小さく呟いた。
隣ではグーちゃんも夜空を見上げている。
ヘルウルフたちは最初の音に耳を動かしたものの、ミナがそばにいるためか落ち着いており、次々と咲く光を静かに眺めていた。
さらに三発、四発、五発と花火が続く。
バルグレイの炎が夜空へ力強く昇り、セレディアの氷と光が、それを繊細な形へ変えていった。
炎だけでは強すぎた輝きも、氷晶を通して広がることで幾重もの色を帯び、今まで誰も見たことのない花火になっている。
巨大な赤い花の周囲を青白い光が輪のように囲み、銀色の氷晶が星屑のように降っていく。
次の花火では紫と水色の光が空中で螺旋を描き、その中心を一本の赤い炎が突き抜けた。
高台に近い観覧場所へ移っていた国王が、思わず立ち上がる。
「これは見事だな」
魔王も珍しく素直に頷いた。
「バルグレイに、こんな器用な真似ができるとは」
その声を聞きつけたバルグレイが、打ち上げ場所から叫んだ。
「陛下! 聞こえてますからね!」
「集中しなさい」
セレディアが横から注意すると、バルグレイはすぐに空へ向き直った。
「分かってる!」
ダンがその様子を見て笑う。
「花火を打ちながら魔王に突っ込む四天王って、何だよ」
最後の一発を前に、セレディアがバルグレイへ目を向けた。
「予定通りでいい?」
「ああ」
「失敗したら?」
「その時は、お前が何とかしろ」
「あなたも何とかしなさい」
二人は同時に前を向き、バルグレイが両手を構えた。
今までとは比べものにならないほど大きな炎の魔力が集まったが、周囲へ荒々しく広がることはなかった。
セレディアと何度も調整を重ねたことで、熱は中心へ圧縮され、まっすぐ空へ向かう光となっている。
「行くぞ!」
バルグレイが両手を押し出すと、巨大な炎が夜空へ放たれた。
街中の視線が、その一筋の光を追っていく。
光は高く、さらに高く昇り、還らずの谷の遥か上空で大きく爆ぜた。
赤い炎が巨大な円を描いた瞬間、セレディアが両手を広げる。
無数の氷晶が炎の周囲へ展開され、重ねられた光魔法を一斉に反射した。
赤や青、銀や金、そして紫の光が幾重にも重なり、夜空いっぱいに広がっていく。
最後に、中央へ残った白い光がゆっくりと形を変えた。
湯気のような三本の曲線と、その下に浮かぶ丸い湯船。
それは、街のあちこちで見かけるやわらぎの温泉印だった。
ダンは空を見上げたまま固まった。
「……結局やったのか?」
隣でカヤが両手を上げている。
「やったー!」
「お前、絶対に関わってるだろ!」
「最後だけお願いした!」
「誰に!?」
セレディアが打ち上げ場所から答えた。
「私よ」
「セレディアまで!?」
ダンが絶句する横で、バルグレイは豪快に笑っていた。
「祭りなんだから、いいだろう!」
夜空に巨大な温泉印が輝くと、街中から今日一番の歓声が上がった。
ユウもそれを見上げながら笑っていた。
懐かしい花火とは少し違う。
前の世界で見たものより派手で、魔法ならではの色や形をしているけれど、これがやわらぎの花火なのだと思うと、胸の奥が温かくなった。
花火の余韻が残る空を眺めていると、ミナが隣へやって来た。
「きれい」
「うん」
「また来年も見る?」
ユウは少し驚いたあと、笑って頷いた。
「そうだね。来年もやれたらいいね」
祭りのために集まった人々は、種族も立場もまるで違っていた。
人間と魔族、獣人とエルフ、ドワーフに精霊、天使や古竜までいて、中にはかつて戦場で敵同士だった者もいる。
それでも今は、同じ夜空を見上げ、同じ花火に歓声を上げていた。
その夜、『獄炎』と『氷華』の力を重ねて生まれた花火は、温泉都市『やわらぎ』の夏祭りを象徴する光景となった。
炎と氷は、ぶつけ合えば互いを打ち消してしまう。
けれど、相手の力に合わせて使い方を変えることで、一緒に夜空を彩ることができた。
その光景は、違う種族の者たちが共に暮らすこの街にも、どこか似ているようにユウには思えた。
最後の光が消えたあとも、人々はしばらく夜空を見上げ続けていた。
そこへ、ダンの声が響く。
「来年は普通の花火も入れてくれよ!」
すぐにバルグレイが笑いながら返した。
「もっと派手にしてやる!」
「逆! そういう意味じゃねぇ!」
二人のやり取りに、周囲から再び笑い声が上がった。
祭りの余韻を残す街から白い湯気が立ち上り、その笑い声とともに、穏やかな夏の夜へ溶けていった。
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