夜空を彩る計画
ガレス、セシル、フィアの三人が温泉都市『やわらぎ』を正式な拠点にすると決めてから数日が経ち、新しい居住区にも少しずつ生活の気配が増えていた。
朝になれば元英雄たちが家の前を掃除し、冒険者たちは装備を整えて依頼へ出ていく。
昼頃には湯治客や観光客が露店街を歩き、夕方になると仕事を終えた住民たちが大浴場や足湯へ集まる。
国王と魔王から都市として認められた頃と比べても、やわらぎはさらに大きくなっていた。
そんなある日の午後、ユウがドグランと一緒に新しい居住区の給湯設備を確認していると、遠くからカヤがものすごい勢いで走ってきた。
「ユウー!」
「今度は何?」
最近、カヤがこの勢いで走ってくる時は何か新しい企画を思いついた時だと、ユウもすっかり学習していた。
案の定、カヤは紙の束を抱えていた。
「お祭りしよう!」
「お祭り?」
ドグランが配管から顔を上げる。
「また急だな」
「急じゃないよ! ずっと考えてたの!」
そこへたまたま近くを歩いていたダンも寄ってくる。
「何のお祭りだ?」
「夏祭り!」
「夏祭りって言われてもな……」
ダンが周囲を見る。
確かに季節は夏に入り、還らずの谷を囲む森も濃い緑に包まれている。
昼間は日差しが強くなってきたものの、山々に囲まれた谷は夜になれば涼しい風が吹き、湯上がりにはちょうどいい季節だった。
カヤは紙を広げる。
「やわらぎも都市になったし、新しい居住区もできたし、元英雄のみんなも増えたし、調理師学校もできたし、最近ずっと何か増えてるでしょ?」
ダンが頷く。
「最後の部分は確かにそうだな」
「だったら一回、みんなでお祝いしようよ!」
ユウは少し考える。
以前にも種族を超えた大宴会は開いた。
王国側も魔族側も、古竜も天使も精霊も集まり、料理や酒を持ち寄って大騒ぎになった。
けれど今回は宴会ではなく、街そのものを使った祭りにしたいらしい。
「何するの?」
ユウが尋ねると、カヤは待ってましたとばかりに指を折り始めた。
「露店!」
「それはいつもあるね」
「いつもの倍!」
「増やすんだ」
「それから料理大会、子供向けの遊び場、温泉まんじゅう限定味、調理師学校の生徒が作る屋台料理、足湯広場で演奏会!」
ダンが苦笑する。
「もう十分大きいな」
「まだあるよ!」
「まだあるの?」
「最後に花火!」
その言葉にユウが反応した。
「花火?」
「そう! 夜空いっぱいに上げるの!」
カヤが両手を大きく広げる。
ユウにとって花火という言葉は懐かしかった。
前の世界では夏になると、川辺や町の祭りで大きな花火が打ち上がっていた。夜空へ光が昇り、一瞬だけ大きな花を咲かせる。
異世界へ来てから、そんなものを見る機会はなかった。
「この世界にも花火あるの?」
「あるにはあるよ」
後からやって来たリーフェが答えた。
「祝い事で使う魔法花火ね。ただ、かなり高価だし、王都でも大きな式典くらいでしか見ないわ」
カヤが勢いよく頷く。
「だからこそ、やろうよ!」
ダンが腕を組む。
「誰が作るんだ?」
そこでカヤの笑顔が少しだけ怪しくなった。
「みんなで?」
「何も決まってねぇじゃねぇか!」
「これから決めるの!」
結局、その日の夕方には主要な面々が食堂へ集まり、夏祭りについて話し合うことになった。
ユウ。
ミナ。
ダン。
リーフェ。
カヤ。
ドグラン。
レイン。
さらに魔王軍四天王からはエルメリア、たまたま谷に滞在していたセレディアとバルグレイまで参加している。
カヤが全員の前へ大きな紙を広げた。
「ということで、温泉都市やわらぎ夏祭り!」
バルグレイが腕を組む。
「祭りか。悪くないな」
セレディアは冷静に紙を見る。
「規模は?」
「街全体!」
「また大きく出たわね」
エルメリアがため息をつく。
「警備計画も必要になるわ。今でも観光客は多いのに、祭りとなればさらに増える」
「ミナとグーちゃんたちに頼める?」
ユウが尋ねる。
ミナはすぐに頷いた。
「できる」
隣にいたグーちゃんも低く一声鳴いた。
ダンが笑う。
「祭りの日まで、もふもふ自警団が働くのか」
「迷子、増えそう」
ミナが真面目に言う。
「そこは確実に増えるな」
ドグランは祭り会場の配置図を見ながら考える。
「大通りは露店用に空けるとして、中央広場は催し物。国際平和議事堂の周りは足湯と休憩所にした方がいいな」
「議事堂まで祭り会場にするの?」
ダンが聞く。
「会談がなけりゃ誰でも使える場所だろ」
「まあそうだけど、国際平和議事堂で祭りの疲れ癒やすのもすごいな」
レインは料理の欄を見ていた。
「調理師学校の生徒にはいい経験になるな」
カヤの目が輝く。
「出していい?」
「衛生と火の管理はこちらで見る。それを守るならな」
「やった!」
「ただし、お前が全部食うな」
「食べないよ!」
誰も信じていない顔をした。
「なんでみんな同じ顔するの!?」
話が進み、祭りそのものについてはすぐに形が決まった。
問題は花火だった。
エルメリアが腕を組む。
「大規模な魔法花火をやるなら、普通の術者だけでは難しいわ」
バルグレイが笑う。
「俺が空へ炎を撃ち上げてやろうか?」
セレディアが冷たい視線を向ける。
「街の上で獄炎を撃つのはやめなさい」
「加減くらいできるぞ」
「あなたの『加減した』は信用できないわ」
「ひどくないか?」
ダンが小さく頷く。
「そこは俺もセレディアに一票」
バルグレイが睨んだ。
「お前まで言うか」
リーフェは少し考えてから言った。
「火だけではなく、精霊魔法を組み合わせれば色は作れると思う。風で飛ぶ方向も調整できる」
エルメリアも興味を示す。
「古代魔法の光術式を混ぜれば、普通の炎よりもっと複雑な模様も出せるかもしれない」
ユウが尋ねる。
「例えば花みたいな形とか?」
「理論上はね」
カヤが勢いよく身を乗り出した。
「温泉マーク!」
ダンが即座に止める。
「夜空にまで温泉マーク出すな!」
「いいじゃん!」
「せめて最初は普通の花火にしろ!」
話し合いはそこからさらに盛り上がった。
エルメリアが術式を設計し、リーフェが精霊魔法で軌道を制御する。
火属性の調整にはバルグレイが協力し、冷却や暴発防止についてはセレディアが担当する。
さらに王国側にも話を通せば、宮廷魔術師たちが祝い用の魔法花火について技術を提供してくれることになった。
魔族側も負けじと技術者を出す。
やがて話を聞いた天界の技師たちまで参加を希望し、エルディオから「空中での光量制御なら協力できる」という連絡まで届いた。
ダンが参加者一覧を見て黙り込む。
「花火一つに戦力集まりすぎじゃない?」
エルメリアが冷静に答える。
「失敗すると危ないから、これくらいでちょうどいいわ」
「四天王と宮廷魔術師と天界技師が集まって『ちょうどいい』って言える規模なの?」
ユウは少しだけ笑った。
「きれいなのができそうだね」
「お前は相変わらず軽いな!」
翌日から、祭りの準備が街中で始まった。
大通りには祭り用の飾りを吊るすための柱が立てられ、ドグランたちは臨時の屋台を次々と組み上げていく。
調理師学校ではレインの指導のもと、祭り限定料理の試作が始まった。
「片手で食べられるものにしろ。歩きながら汁物を食わせる気か!」
「串焼きなら?」
「いい。だが火を通しすぎるな!」
厨房では人間と魔族の料理人が一緒になり、普段とは違う祭り料理を考えている。
カヤは当然のように限定温泉まんじゅうを準備し始めた。
「夏限定!」
「何味?」
ユウが聞く。
「コルの極上氷を使った冷やし温泉まんじゅう!」
「まんじゅうを冷やすの?」
「絶対おいしいよ!」
いつの間に話を聞いたのか、上級氷精霊コルまで試作に協力することになった。
さらに王国側からは国王が「王国の料理も出せ」と料理人を送り、魔王ゼルヴァディスも「なら魔族料理も負けるな」と職人を出す。
獣人たちは肉料理を担当し、エルフは果実と香草を使った飲み物、ドワーフは祭り用の酒を用意することになった。
天使たちも天界の果実を提供し、古竜たちからまで「面白そうだ」と参加表明があった。
ダンは広がり続ける参加者一覧を見ながら頭を抱える。
「全種族合同って、本当に全種族集める奴ある?」
カヤは笑顔だった。
「その方がお祭りっぽいでしょ!」
「祭りの規模じゃなくなってきてるんだよ!」
その日の夕方、ユウとミナは温泉都市を見下ろせる少し高い場所へ来ていた。
ここは花火を打ち上げる候補地の一つだった。
街から離れているため火の粉が落ちても危険が少なく、空も広く見える。
眼下には温泉都市『やわらぎ』が広がっていた。
大浴場。
食堂。
露店街。
国際平和議事堂。
調理師学校。
新しい居住区。
そして、源泉から上がる白い湯気。
「ここから上げるの?」
ミナが聞く。
「たぶん」
ユウは夜空を見上げる。
まだ祭りまでは少し時間がある。
けれど、その日になればこの空いっぱいに色とりどりの光が咲くのだろう。
「ミナ、花火見たことある?」
「小さいのなら」
「大きいのは?」
ミナは首を振った。
「じゃあ、すごいの作ってもらおう」
「ユウは作らない?」
「僕のスキル、水だからね」
少し考えたあと。
「でも、花火の前に温泉入れるように湯は整えるよ」
ミナが小さく笑った。
「やっぱり温泉」
「祭りでも大事でしょ」
「大事」
街の方からカヤの声が響く。
「ユウー! 祭りの名前決めるよー!」
続いてダンの声も聞こえた。
「もう普通に『夏祭り』でいいだろ!」
「大花火大会も入れたい!」
「長くなるって!」
二人のやり取りを聞きながら、ユウとミナは顔を見合わせて笑った。
こうして、温泉都市『やわらぎ』の発展を祝う最初の大規模な夏祭りが開催されることになった。
人間も魔族も。
獣人もエルフもドワーフも。
精霊も天使も古竜も。
立場も国境も関係なく、それぞれが料理や技術を持ち寄り、一つの街で同じ祭りを楽しむ。
そして最後には、還らずの谷の夜空いっぱいに大輪の花火を咲かせる。
まだ何も上がっていない夜空を見上げながら、ユウは少しだけ楽しみになっていた。
戦いや危機を乗り越えたから祝うのではなく、この街にこれだけ多くの人が集まり、今日も一緒に笑って暮らしていること自体を祝う。
そんな祭りがあってもいい。
温泉都市『やわらぎ』初の夏祭りと大花火大会へ向けて、街全体が少しずつ浮き立ち始めていた。
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