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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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おかえり、冒険者たち

セレナの温泉スキンケア講座がすっかり定着し、温泉都市『やわらぎ』に新しい客層まで増え始めた頃、街の入口には懐かしい顔が戻ってきていた。


その日の午後、治安維持隊の巡回を終えたミナがグーちゃんたちと街道沿いを歩いていると、遠くから数人の冒険者が向かってくるのが見えた。


先頭を歩いているのは大柄な男で、その横には青銀色の髪をした魔術師がいる。


少し後ろには柔らかな雰囲気の女性神官が続き、周囲を五人ほどの若い冒険者たちが歩いていた。


ミナの耳がぴくりと動いた。


「ガレスたち」


グーちゃんも気づいたらしく、街道の先へ顔を向けた。


今回の依頼で谷を離れていたのは、ガレス、セシル、フィアの三人だった。


ユウとの再会を経て関係を修復してから、三人は還らずの谷周辺で定期的な警護依頼を受けるようになっていた。


普段は街道や迷いの森の周辺を巡回しているが、今回は冒険者ギルドから頼まれ、経験の浅い新人冒険者たちを遠方の依頼先まで護衛する役目を引き受けていたのだ。


予定より少し長い旅になったらしい。


それでも、戻ってきた三人の顔には、以前のような険しさはなかった。


ミナは一行を待ち、近づいてきたガレスへ声をかけた。


「おかえり」


ガレスは一瞬驚いたように足を止めたが、すぐに表情を緩めた。


「ああ。ただいま」


その言葉は、ごく自然に口から出た。


セシルも小さく息を吐き、フィアは温泉街から立ち上る湯気を見て微笑んだ。


「やっと戻ってきたわね」


「帰ってきたって感じがします」


新人冒険者の一人が、不思議そうに三人を見た。


「先輩たち、ここに住んでるんですか?」


ガレスは少し考えてから答えた。


「住んでるってほどじゃねぇが……まあ、似たようなものだ」


「依頼が終わるたびに、ここへ戻ってきてますよね」


別の新人が言うと、セシルが苦笑した。


「いつの間にか、そうなったのよ」


三人は宿を正式な住居にしているわけではなかったが、谷周辺の依頼を受けるようになってから、滞在する日数が増えていた。


出発前に温泉へ入り、依頼を終えればまた戻ってくる。


食堂で食事をして身体を休め、次の仕事へ向かうという暮らしは、各地を転々としていた頃にはなかった習慣だった。


グーちゃんがガレスへ近づくと、ガレスは少し緊張しながら手を差し出した。


「お、おう」


何度会っても、グレートヘルウルフを目の前にすれば、冒険者としての本能が警戒を促すらしい。


グーちゃんはその手の匂いを嗅ぎ、特に気にした様子もなく横を通り過ぎた。


「……認めてもらえたのか?」


ガレスが尋ねると、ミナは頷いた。


「たぶん」


「たぶんか」


一方、新人たちは巨大なグーちゃんを見て固まっていた。


「せ、先輩。あれ、本当に街の自警団なんですか?」


「そうだ」


「グレートヘルウルフですよね?」


「そうだな」


「なんで!?」


ガレスは少し遠い目をした。


「この街で、そういうことを一つずつ気にしてたら疲れるぞ」


セシルも頷く。


「古竜も天使も来るから、早めに慣れなさい」


「天使!?」


「魔王も、普通に温泉へ入りに来ますよ」


フィアが穏やかに付け加えると、新人たちは返す言葉を失った。


そこへ、街の方からユウが歩いてきた。


ミナたちの姿を見つけ、様子を見に来たらしい。


「ガレス」


「ユウ」


「おかえり」


ユウにそう言われ、ガレスは少しだけ目を見開いた。


かつて自分たちが追い出した相手から、こんなふうに迎えられる日が来るとは思っていなかった。


あの頃はもちろん、この谷で再会したときでさえ、想像できなかったことだ。


けれど今は、後ろめたさに言葉を詰まらせることもなかった。


ガレスはユウを見て、素直に頷いた。


「ああ。ただいま」


ユウは新人たちへ目を向けた。


「依頼は無事に終わった?」


「ああ。こいつらを目的地まで連れていって、帰りに魔物の群れを一つ片づけたくらいだ」


新人冒険者が慌てて口を挟んだ。


「一つって言いますけど、結構大きな群れでしたよ!」


「俺たちだけだったら、絶対に無理でした」


別の青年も頷くと、ガレスは肩をすくめた。


「だから、俺たちがついていったんだろ」


セシルが横から口を開く。


「でも、最後の一体はあなたたちだけで倒せたじゃない。隊列も崩さなかったし、指示を待つだけじゃなく、自分たちで動けていたわ」


若者たちの表情が少し明るくなった。フィアも微笑みながら続けた。


「怪我人も出ませんでした。それが一番です」


三人の話を聞きながら、ユウは以前との違いを感じていた。


昔の彼らなら、どれほど強い魔物を倒し、どれだけの報酬を得たかを、先に話していたかもしれない。


今は新人たちができるようになったことや、全員が無事に戻ってこられたことを大切にしている。


「いい依頼だったみたいだね」


ユウが言うと、ガレスは少し笑った。


「ああ。思ったよりな」


そこへ、ダンが食堂の方から歩いてきた。


「お、帰ってきたか。どうだった? 新人の子守りは」


新人たちが一斉に反応する。


「子守りじゃないです!」


「俺たち、ちゃんと戦いました!」


ダンは笑いながら一行を見回した。


「元気なら結構。全員、自分の足で帰ってきたなら上出来だ」


ガレスも頷いた。


「こいつら、思ったより根性があったぞ」


「へぇ。ガレスが新人を褒めるようになったか」


「俺だって、褒めるときは褒める」


セシルがすぐに口を挟む。


「昔は、ほとんど褒めなかったけどね」


「厳しかったですから」


フィアまで頷いたので、ガレスは困ったように二人を見た。


「お前らまで言うのかよ」


ダンが嬉しそうに笑う。


「丸くなったなぁ」


「うるせぇ」


そんな会話をしながら、一行は温泉街へ入っていった。


かつては街道が伸びているだけだった場所にも、今は住宅や商店が並んでいる。


食堂や共同浴場の先には国際平和議事堂が見え、その脇の足湯では、今日も旅人と住民が肩を並べて座っていた。


新人冒険者たちは歩きながら、何度も周囲を見回した。


「ここが温泉都市やわらぎ……」


「初めて来たのか?」


ガレスが尋ねると、青年は頷いた。


「はい。噂では聞いていましたけど、こんなに大きいとは思わなくて」


「私たちが最初に来た頃は、ここまでじゃなかったわ」


セシルが言い、フィアも懐かしそうに辺りを見る。


「来るたびに、何か増えていますね」


ユウは首を傾げた。


「そんなに増えてる?」


ガレスたち三人が同時にユウを見た。ダンも呆れたように顔を向ける。


「お前だけ、見慣れすぎてるんだよ」


「そうかな」


「前に戻ってきたときには、調理師学校なんてなかったぞ」


ガレスが言うと、ダンも付け加えた。


「最近は、セレナの美容講座も大人気だ」


セシルが足を止めた。


「……セレナ? 魔王軍四天王の?」


フィアも驚いたように尋ねる。


「美容講座をしているんですか?」


近くを通りかかったカヤが、その言葉を聞いて話に加わった。


「大人気だよ! 次の講座も、もう予約が入ってるの」


セシルは少し考え、興味を示した。


「それは、ちょっと聞いてみたいわね」


「お前も行くのか?」


ガレスが振り返ると、セシルは眉を上げた。


「悪い?」


「いや、別に」


フィアも小さく手を上げる。


「私も、少し興味があります」


ガレスは二人を見て、苦笑した。


「帰ってきて最初の話が、美容講座か……」


カヤが笑って答える。


「その前に、温泉でしょ?」


三人は一瞬黙り、それから顔を見合わせた。


ガレスの表情が明るくなる。


「それだ。まずは湯に入りたい」


セシルも肩を回した。


「さすがに、今回は疲れたわ」


「私も、早く入りたいです」


フィアが足を軽く伸ばすと、ユウが尋ねた。


「大浴場に行く?」


「ああ。黄金湯までは必要ないな」


ガレスは少し考えてから答えた。


以前なら、より強い効能を持つ湯があると聞けば、迷わず選んだかもしれない。


だが今回は大きな怪我も呪いもなく、古傷を治してもらう必要もなかった。


長い依頼で溜まった疲れを、ゆっくり癒やせれば十分だった。


「普通のやわらぎの湯でいい」


ガレスが言うと、セシルも笑って頷いた。


「私も。ゆっくり浸かりたいわ」


「私もです」


ユウは三人の顔を見て微笑んだ。


「じゃあ、ちょうどいいね」


新人たちも一緒に大浴場へ向かうことになった。


何日も野営を続けてきた彼らにとって、温泉で身体を洗い、温かな湯へ浸かれるのは何よりありがたいことだった。


男湯へ入ると、新人の一人が広い浴場を見て感嘆の声を漏らした。


「うわぁ……こんなに大きいんですね」


ガレスは身体を洗ってから湯船へ入り、肩まで沈めて大きく息を吐いた。


その声を聞いて、一緒に入っていたダンが笑う。


「すっかり、帰ってきたって顔をしてるな」


「うるせぇ」


そう答えながらも、ガレスは笑っていた。


女湯では、セシルとフィアも久しぶりの湯を楽しんでいた。


セシルは湯船へ身体を預け、小さく息を吐く。


「やっぱり、ここへ戻ると落ち着くわね」


「そうですね」


フィアが頷くと、セシルは湯面を眺めながら続けた。


「前は、帰る場所なんて考えたこともなかったけど」


依頼が終われば次の街へ行き、仕事があればそこへ向かう。


宿を転々とする暮らしが、冒険者として当たり前だと思っていた。


けれど今は、依頼を終えると、ここへ戻りたくなる。


温泉へ入り、食事をして、顔見知りと言葉を交わす日々が、いつの間にか三人の暮らしの一部になっていた。


風呂から上がった三人が新人たちと食堂へ向かうと、レインが顔を上げた。


「戻ったか」


「ああ」


「腹が減ってるだろ。座って待っていろ」


「顔に出てるか?」


ガレスが尋ねると、レインは少し笑った。


「その顔を見れば分かる」


しばらくすると、温かな料理が人数分並べられた。


新人たちは嬉しそうに声を上げ、ガレスたちも席へ着く。


カヤが新人たちへ食べ歩きガイドを勧めようとすると、ダンが「まず飯を食わせろ」と止めた。


ミナもグーちゃんたちの巡回を終えて戻ってきて、食堂にはいつもの賑やかな声が満ちていった。


ガレスはそのやり取りを聞きながら、食事に手を伸ばした。


依頼を終え、新人たちを全員無事に連れ帰り、自分たちもこうして席に座っている。


湯で疲れを癒やしたあとに食べる料理は温かく、周りでは仲間たちが笑っていた。


それが、ガレスには嬉しかった。


食事の途中で、フィアがユウへ顔を向けた。


「ユウ」


「何?」


「ただいま帰りました」


改めて告げられた言葉に、ユウは少し笑った。


「うん。おかえり」


セシルも続ける。


「ただいま」


「おかえり」


最後にガレスが、少し照れたように頭を掻いた。


「……ただいま」


今度はユウだけでなく、ミナやダン、カヤも声を返した。


厨房にいたレインまで顔を上げ、「おかえり」と言う。


いくつもの声が重なり、ガレスは一瞬俯いてから、晴れやかな笑顔を浮かべた。


かつては強くなることや、大きな依頼を成し遂げることばかりを考えていた三人も、今では無事に帰ることの大切さを知っていた。


仕事へ向かい、誰かを守り、仲間とともに戻ってくる。


温泉で疲れを癒やし、温かな食事を食べて、また次の朝を迎える。


その暮らしを、これからも続けていきたかった。


三人にとって温泉都市『やわらぎ』は、長い旅を終えたときに自然と足が向く場所になっていた。


「ただいま」と言えば、「おかえり」と返ってくる。


いつの間にかこの街は、彼らにとっても、帰る場所になっていた。

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