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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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もふもふ自警団

温泉都市『やわらぎ』が正式に都市となってから、住民や観光客の数は以前とは比べものにならないほど増えていた。


朝になれば宿から大勢の客が出てきて大浴場へ向かい、昼には露店街が人で埋まり、夕方になると食堂や足湯が賑わう。


黄金湯を目的に遠方から訪れる傷病者もいれば、国際平和議事堂で会談を行うため各国からやって来る外交団もおり、最近では元英雄たちの移住まで相次いでいる。


人が増えるのは喜ばしい。


けれど、人が増えれば当然、新しい問題も出てくる。


「また迷子?」


総支配人として街を見回っていたユウが尋ねると、カヤが大きく頷いた。


「今日だけで三人目! しかも今回は子供じゃなくて大人!」


「大人?」


「黄金湯に行こうとして、気づいたら新しい居住区にいたって」


ダンが横から呆れたように言う。


「それ迷子っていうか、単に道間違えただけじゃねぇか」


「本人が迷ったって言ってるから迷子!」


都市が急激に拡大したことで、昔からの住民ですら新しい道を覚えきれていない。


観光客ともなればなおさらで、宿泊区へ行くつもりが元英雄たちの居住区へ出たり、食堂へ向かっていたはずが国際平和議事堂へ着いたりする者まで現れていた。


問題は迷子だけではない。


露店街では混雑に紛れて財布を落とす者が増え、荷車同士の接触や客同士の些細な言い争いも起き始めている。


重大な犯罪が増えたわけではない。


むしろ人間と魔族が同じ街で生活している都市として考えれば、驚くほど平和だった。


それでも都市として大きくなった以上、日常的に街を巡回する者が必要だった。


そこでエルメリアと文官たちが、治安維持を専門に担当する組織を作る案を出した。


「都市治安維持隊?」


ユウは渡された書類を見ながら首を傾げる。


エルメリアが頷いた。


「王国騎士団や魔王軍に常駐してもらう方法もあるけど、それだと中立都市としては少し問題があるでしょう」


「片方だけなら、もう片方が気にするからね」


リーフェが言う。


「両方置いたら?」


ユウが尋ねると、ダンが答えた。


「街の中で王国騎士団と魔王軍が四六時中巡回してるのも、住民からしたら落ち着かねぇだろ。平和なのに軍隊だらけってのも変だ」


だから、やわらぎ独自の治安組織を作る。


そこまでは全員納得した。


問題は、その隊長を誰にするかだった。


「ダンでいいんじゃない?」


ユウが言う。


「嫌だ」


即答された。


「なんで?」


「俺は冒険者と街の警備関係の調整だけで十分忙しい。それに一日中巡回するような仕事は若い奴に任せろ」


「じゃあ元英雄の誰か?」


「それも考えたんだけどね」


カヤが少し楽しそうに言った。


「住民から別の推薦が多かったんだよ」


「誰?」


カヤが指を差した。


ユウたちの少し離れたところ。


そこではミナが道に迷った老夫婦へ宿の場所を教えていた。


「ここ、まっすぐ。大きい足湯のところで右」


「ありがとう、お嬢ちゃん」


「迷ったら誰かに聞くといい」


「そうするよ」


老夫婦が去ると、ミナは次に道路脇へ落ちていた小さな荷物を拾い、近くの案内所へ持っていく。


その後ろにはグーちゃんがいた。


巨大なグレートヘルウルフが、当たり前のようにミナのあとを歩いている。


さらにその後ろには、数頭のヘルウルフたちまで続いていた。


ユウが少し考える。


「……ミナ?」


「推薦一位」


カヤが答える。


ダンも腕を組んだ。


「まあ、分からなくはない」


ミナは以前から宿や温泉街の案内をしてきたため、街の構造をよく知っている。


それに獣人として耳も鼻も利き、困っている者や異変にも気づきやすい。


何より住民からの信頼があった。


「ミナに頼んでみる?」


ユウが尋ねる。


「本人がやるって言えばね」


そこで一行はミナのもとへ向かった。


「ミナ」


「ユウ」


振り返ったミナの横で、グーちゃんもこちらを見る。


「ちょっと相談があるんだけど」


「温泉?」


「最近みんなそれ言うね」


ダンが笑う。


ユウは事情を説明した。


都市が大きくなったこと。


巡回する人が必要になったこと。


そして住民からミナを隊長に推薦する声が多かったこと。


話を聞き終えたミナはしばらく考えた。


「何する?」


「街を回って、困ってる人を見つけたり、何か危ないことが起きてないか確認したりする感じかな」


「いつもと同じ」


ユウは少し驚いた。


確かにそうだった。


ミナはすでに日常的に街を歩き、初めて来た客を案内し、子供が困っていれば声をかけ、酔っぱらった常連には長湯しすぎないよう注意までしている。


「じゃあ、やってくれる?」


「うん」


あっさり決まった。


ダンが苦笑する。


「総支配人を決めた時より早かったな」


「ユウは逃げようとしたから」


ミナの指摘にカヤが吹き出した。


「ミナ、最近言うようになったね」


「本当のこと」


ユウは密かに少しだけ傷ついた。


こうしてミナは、温泉都市『やわらぎ』の都市治安維持隊長へ就任した。


そして翌朝、問題が発生した。


ダンは広場へ集まった「治安維持隊」を見て、長い間何も言えなかった。


ミナの隣にはグーちゃん。


その後ろには八頭のヘルウルフ。


さらに少し離れた場所には、どこから話を聞いたのか別のヘルウルフたちまで集まり始めている。


「……待て」


ダンがようやく口を開く。


「これが治安維持隊?」


「うん」


ミナが答える。


「人は?」


「グーちゃんたち」


「人じゃねぇ!」


グーちゃんが低く鼻を鳴らした。


「いや、悪く言ったわけじゃないからな!」


ダンが慌てる。


カヤはすでに大喜びだった。


「すごい! もふもふ自警団だ!」


「勝手に名前つけるな!」


「でもかわいくない?」


「見た目だけならな! 全員普通の冒険者より強いだろ!」


中心にいるグーちゃんに至っては、最上位のグレートヘルウルフである。


街を守る戦力として考えれば、過剰どころではない。


リーフェも並んで座っているヘルウルフたちを眺める。


「でも巡回には向いてるわね。嗅覚も聴覚も人間より遥かに鋭いし」


エルメリアも真面目に評価する。


「何か異常があれば早期発見できる。夜間警備にも適しているわ」


ダンが周囲を見る。


「なんでみんな普通に採用する流れなんだよ」


ユウはグーちゃんを見る。


「グーちゃんもやってくれる?」


グーちゃんはミナを見た。


ミナが言う。


「一緒にやる?」


「ウォフ」


決まった。


「本人……じゃなくて本狼が承諾したぞ」


ダンが頭を抱える。


その日から、ミナ率いる治安維持隊の巡回が始まった。


最初の仕事は迷子捜索だった。


母親とはぐれて泣いている子供の匂いをグーちゃんが確認すると、ヘルウルフ二頭が別方向へ走っていく。


十分もしないうちに母親を発見した。


「早いね」


ユウが感心する。


「匂い分かるから」


ミナは当然のように答えた。


次は落とし物。


財布を落とした旅人の匂いから移動経路を逆に辿り、露店街の端で発見。


さらに酔っぱらいが路上で寝ていれば、ヘルウルフが服を咥えて邪魔にならない場所まで運ぶ。


「うわあああ! 食われる!?」


目を覚ました酔っぱらいが悲鳴を上げる。


ミナが横から言う。


「食べない。邪魔だから動かしただけ」


「もっと別の運び方なかった!?」


その光景を見ていたダンが腹を抱えて笑っていた。


「お前、朝は文句言ってたじゃねぇか!」


カヤが指差す。


「これは笑うだろ!」


もっとも、巡回の効果は想像以上だった。


財布を抜こうとしていた小悪党が一人、路地へ入ったところでヘルウルフ三頭に囲まれ、何もしていないのに自分から財布を返した。


「まだ盗んでない!」


「取ろうとしてた」


ミナが言う。


「なんで分かるんだよ!」


「見てた」


グーちゃんも静かに男を見つめている。


「……すみませんでした」


即座に謝った。


暴力沙汰も激減した。


酒場の外で二人の冒険者が言い争いを始めた時も、声が大きくなったところで背後からグーちゃんが現れた。


二人は振り返る。


巨大なグレートヘルウルフが無言で座っている。


「……」


「……」


数秒後。


片方が言った。


「足湯でも行くか」


「そうだな」


喧嘩は終わった。


ダンはその報告を聞いて呆れた。


「治安維持っていうか、存在自体が抑止力になってるな」


「グーちゃん、何もしてないよ」


ミナが言う。


「何もしなくても怖いんだよ!」


けれど子供たちには大人気だった。


巡回中のヘルウルフを見つけると、子供たちが走ってくる。


「グーちゃんだ!」


「お仕事してる!」


「触っていい?」


グーちゃんは困ったようにミナを見る。


「仕事中だから少しだけ」


子供たちは順番に撫でる。


巡回時間の半分近くが、もふもふ交流会になる日まで出始めた。


「これ自警団として大丈夫なの?」


ダンが尋ねる。


カヤは楽しそうに答えた。


「住民との交流も大事!」


「どこで覚えたんだ、その言葉」


さらにカヤは治安維持隊用の腕章まで作った。


ミナには普通の腕章。


ヘルウルフたちには首元へ巻く布。


中央には温泉マークと肉球が描かれている。


ダンがそれを見た瞬間、嫌そうな顔をした。


「完全にもふもふ自警団じゃねぇか」


「かわいいでしょ!」


「治安組織にかわいさ必要?」


「必要」


ミナが即答した。


カヤが嬉しそうにミナと手を合わせる。


「やった!」


「お前ら妙なところで息合うよな……」


夕方になると最初の巡回を終えたミナたちが大浴場前へ戻ってきた。


グーちゃんとヘルウルフたちは少し疲れたのか、地面へ寝転がっている。


子供たちがその周囲へ集まり、背中へもたれかかっていた。


ユウはその光景を見ながら笑った。


「いい治安維持隊になったね」


ダンが隣で腕を組む。


「強盗でも来たら絶対後悔するだろうな」


「来ない方がいいよ」


「まあな」


ミナがこちらへ歩いてくる。


腕には治安維持隊長の腕章がついている。


「ユウ」


「お疲れさま」


「今日、迷子四人。落とし物七個。喧嘩二回」


「多かったね」


「でも全部解決」


少しだけ誇らしそうだった。


ユウは頷く。


「隊長、向いてるね」


ミナの耳がぴくりと動く。


「うん」


今度は否定しなかった。


こうして温泉都市『やわらぎ』には、世界でもかなり珍しい治安維持組織が誕生した。


隊長は銀狼の獣人ミナ。


その隣には最上位のグレートヘルウルフのグーちゃん。


そして街を巡回するヘルウルフたち。


迷子を見つけ、落とし物を探し、喧嘩を止める。


時には子供たちにもふもふされながら、街の平和を守っていく。


住民たちはいつしか彼らを正式名称ではなく、親しみを込めてこう呼ぶようになった。


――もふもふ自警団。


そして、その名前を一番気に入っていたのは、意外にも隊長のミナだった。

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