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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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足湯付きの議事堂


温泉都市『やわらぎ』の運営体制が整い始めてから、ユウの仕事は少しだけ分かりやすくなった。


住民登録や税、物流、法務といった細かな実務はエルメリアや王国、魔族双方から派遣された文官たちが処理する。


ドグランは建築と都市整備、カヤは商業と観光、ダンは警備や冒険者との調整を担当する。


ユウ自身は総支配人として街全体を見て回り、温泉の状態を確認しながら、必要があれば各担当者と相談する。


市長として机に縛りつけられるより、本人にとってはずっと性に合っていた。


そんなある日のことだった。


ユウが黄金湯の源泉を確認していると、エルメリアが数枚の書類を持ってやって来た。


「ユウ、相談がある」


「温泉?」


「違う」


「建物?」


「それは少し合ってる」


ユウが顔を上げる。


エルメリアは書類を一枚渡した。


そこには王国と魔族側だけではなく、西方の小国群や周辺諸国の名まで並んでいる。


「これ何?」


「会談の申し込み」


「また国王と魔王?」


「今回はもっと多い」


エルメリアは書類を指で示した。


黄金湯の誕生と温泉都市『やわらぎ』の成立は、すでに周辺各国にも伝わっていた。


さらに王国と魔族が共同で都市を承認したことで、これまで両者と距離を取っていた国々も、やわらぎへ強い関心を持ち始めているらしい。


「王国にも魔族側にも属さない場所で話し合いたい、という要望が増えてる」


「ここで?」


「そう」


ダンも後からやって来て書類を覗き込む。


「前も国王と魔王の会談やっただろ」


「あれが評判になったみたい」


エルメリアが答える。


「武装した宮殿や城だと、どうしても相手を警戒するでしょう。でもここなら、どちらかの本拠地へ入る必要がない」


カヤがいつの間にか話へ混ざっていた。


「しかも会談終わったら温泉入れるし!」


ダンが振り返る。


「それ外交上の利点に数えていいの?」


「大事でしょ」


「……否定できないのが嫌だな」


実際、やわらぎではすでに王国と魔族の会談が成功している。


サウナと水風呂を挟みながら領土問題の妥協案までまとまった実績があるため、「険悪な相手と話すなら、やわらぎへ行けばいい」という妙な認識が広まりつつあった。


ユウは少し考える。


「じゃあ、会談できる場所を作る?」


エルメリアが頷いた。


「その相談」


そこへ、話を聞いていたドグランが図面を抱えて現れた。


「作るなら中途半端なもんはやめろ」


ダンが嫌そうな顔をする。


「まだ何も決まってないのに、なんで図面持ってるんだよ」


「文官から先に話を聞いた」


「仕事早すぎない?」


ドグランは地面へ図面を広げた。


温泉街の中心にある広場の一角。


そこへ、大きな円形建物を作る案だった。


中心には会議用の円卓。


周囲には傍聴席。


さらに別室として少人数の協議室まで用意されている。


ここまでは普通だった。


ダンが図面を見ながら頷く。


「ちゃんとした議事堂だな」


「当然だ」


「で、なんで円卓の下に水路みたいなのがある?」


ドグランが当然のように答えた。


「足湯だ」


ダンが顔を上げる。


「やっぱり!」


ユウも図面を見る。


「いいね」


「よくないだろ!」


「会議しながら入れるよ?」


「そこが問題なんだよ!」


カヤはすでに気に入っていた。


「楽しそう! みんな裸足で話し合うの?」


「そうなるな」


ドグランが頷く。


リーフェも図面を見ながら少し笑った。


「でも、意外と合理的かもしれないわね」


「リーフェまで?」


「やわらぎの湯には緊張や敵意を和らげる効果があるでしょう。足湯程度なら判断力を鈍らせるほど強くは作用しないし、会談中の緊張を軽くするくらいならちょうどいいかもしれない」


エルメリアも考え込む。


「武器を持ち込ませず、円卓の下で同じ湯へ足を入れる……象徴としても分かりやすい」


ダンは頭を抱えた。


「外交会談が温泉の延長になっていく……」


ユウはむしろ納得していた。


「でも、やわらぎらしいと思う」


その一言で、方針はほとんど決まった。


ドグランを中心に工事が始まり、人間の大工、ドワーフの職人、魔族の技師たちが共同で建物を作り上げていく。


場所は温泉都市のほぼ中央。


どの種族の居住区からも行きやすく、宿泊施設や大浴場にも近い。


建物は石と木を組み合わせた二階建てで、外観は威圧的な城や宮殿とはまるで違っていた。


入口には剣を掲げた像もない。


巨大な門もない。


代わりに、やわらぎの湯を象徴する湯気の意匠が刻まれている。


そして最大の特徴が、中央の議場だった。


巨大な円卓の下には円形の足湯が作られ、席へ座る者は靴を脱ぎ、そのまま湯へ足を浸けられる。


しかも湯温はユウが調整し、長時間の会談でものぼせない程度に設定された。


完成した議場を見たダンは、しばらく黙っていた。


「……本当に作ったんだな」


ドグランが胸を張る。


「当たり前だ」


「国家元首が足湯しながら外交する建物を?」


「問題あるか?」


「ありそうなんだけど、ここだと普通に見えてくるのが怖い」


カヤは入口に掛けられた看板を見る。


「名前どうする?」


エルメリアが書類を確認する。


「仮称なら『国際平和議事堂』」


カヤがその下を見る。


「でも小さく『足湯利用自由』って書いてある」


ダンも見る。


「一般人も入れるの!?」


ユウが頷く。


「会談してない時は使ってもいいでしょ」


「国際議事堂なのに?」


「空いてるなら勿体ないし」


ドグランも同意する。


「そのために外周側にも座れる場所を作った」


実際、円卓を使う中央議場とは別に、建物の外周には一般客向けの足湯区画まで用意されていた。


会談がない日は住民や旅人が自由に利用できる。


結果として正式名称は「国際平和議事堂」なのに、住民たちからは早くも「でかい足湯」と呼ばれ始めた。


ダンはそれを聞いて遠い目になる。


「絶対そうなると思った」


そして完成から数日後。


最初の国際会談が開かれることになった。


王国からは国王エルグラン。


魔族側からは魔王ゼルヴァディス。


さらに西方の複数の小国から代表者が訪れ、国境交易や街道の安全、魔族領との通商について話し合う。


ユウも総支配人として入口で出迎えていた。


ところが、最初にやって来た小国の王が議場を見て立ち止まった。


「……これは」


「議事堂です」


ユウが答える。


「中央に湯が見えるのだが」


「足湯です」


「なぜ?」


ユウは少し考えた。


「落ち着くので」


隣にいたダンが小声で言う。


「もう少し外交的な説明なかったの?」


「でも本当だし」


王はしばらく足湯を見つめていたが、先に席へ着いていたエルグランが笑う。


「入ってみれば分かる」


魔王もすでに裸足になっていた。


「最初は馬鹿らしいと思うが、そのうち靴を履いて会議する方が面倒になる」


ダンが思わず突っ込む。


「魔王様まで完全に慣れてる!」


会談が始まった。


各国の代表たちは最初こそ緊張した顔で円卓へ座っていたが、一人、また一人と足を湯へ入れていく。


「あ……」


思わず声を漏らす者がいる。


「これは……悪くない」


別の代表が言う。


やわらぎの湯より少しだけ温度を抑えた足湯は、身体を温めすぎず、それでも足元からゆっくり緊張をほぐしていく。


しかし、会談そのものは真剣だった。


交易路の税率。


国境付近の検問。


魔族商人の通行証。


人間領へ入る際の安全保証。


簡単に決められる問題ばかりではない。


途中では意見がぶつかることもあった。


ある小国の代表が声を強める。


「魔族側の商人を自由に通せば、密偵まで入り込む可能性がある!」


魔族側の代表も言い返す。


「それを言うなら人間側も同じだ!」


空気が一瞬険しくなる。


だが、しばらくして。


小国の代表がふっと息を吐いた。


「……少し熱くなったな」


魔族側の代表も足湯へ視線を落とす。


「湯はそれほど熱くないがな」


国王が笑った。


「なら話を戻そう。通行証の共同発行ではどうだ?」


魔王が頷く。


「互いの側から一人ずつ確認者を出せばよい」


そこから話は再び進み始めた。


議論が消えるわけではない。


意見の違いも残る。


けれど、怒鳴り合うところまでは行かない。


少し感情が強くなれば足元の湯に気づき、一度息を吐く。


それだけで、話を続けられた。


数時間後……。


最初の会談は複数の合意をまとめて終了した。


議場を出た小国の王は、入口で靴を履きながら言った。


「次もここでやりたい」


ダンが驚く。


「もう次の話ですか?」


「我が国の会議室より話が進む」


隣の代表も頷く。


「それに足が冷えない」


「そこ!?」


ダンの声に周囲から笑いが起こった。


それから、やわらぎには各国から会談の申し込みが届くようになった。


王国と小国群の交易協議。


人間側と魔族側の国境調整。


冒険者ギルドと各国の代表者による街道警備会議。


時には精霊や天界に関わる話まで持ち込まれる。


そのたびに選ばれる場所は、温泉都市『やわらぎ』だった。


武器を置き同じ湯へ足を入れる。


意見が違っても、そこで話を続ける。


ユウはある日の夕方、会談が終わったあとの議事堂を覗いていた。


中央の円卓は空いている。


その周囲の足湯には、今は近所の老人と旅人、それに遊び疲れた子供たちが並んで座っていた。


国際政治を話し合う場所と、住民が足を休める場所が同じ建物にある。


ユウはそれを見て少し笑う。


「いい感じだね」


隣にいたダンが腕を組む。


「世界でここだけだろうな。首脳会談終わった一時間後に、じいさんが足湯してる議事堂」


「誰でも使える方がいいでしょ?」


「まあな」


ダンも結局は笑った。


こうして温泉都市『やわらぎ』には、世界でも前例のない国際平和議事堂が誕生した。


各国の王や代表者たちは、城でも宮殿でもない温泉都市へ集まり、同じ円卓を囲み、同じ足湯へ足を浸しながら話し合う。


戦う前に話す場所。


怒った時に少し落ち着ける場所。


そして会談のない日には、誰でも気軽に足を休められる場所。


過去の勇者が望んだ「戦わずに少しだけ相手を見る余裕を作る」という願いは、足湯付きの議事堂として新しい形を持ち始めていた。

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