表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/75

17 並んで歩く二人

還らずの谷へ、柔らかな朝日が差し込んでいた。


白い湯気を立ち上らせる温泉の周囲では、水路を流れる湯の音が静かに響いている。


建築途中だった個室風呂も少しずつ形になり始め、宿全体が以前よりずっと賑やかになっていた。


そして、その賑やかさの中心には大体カヤがいる。


「ミナー!」


朝から元気な声が谷へ響いた。


ミナは木材を抱えたまま、ゆっくり振り返る。


「……なに」


「魚取り行こ!」


「今?」


「今!」


即答だった。


ミナは少しだけ困ったように耳を揺らす。


一方カヤは完全に行く気である。


猫耳をぴこぴこ動かしながら、既に小さな籠まで持っていた。


「お昼用なくなりそうなんだよね」


「……分かった」


結局、ミナは木材を置いた。


その様子を見ていたダンが呆れたように笑う。


「最近すっかり懐かれてんな」


「カヤ、距離近い」


ミナがぼそりと呟く。


「嫌か?」


「……嫌じゃない」


その返事に、ダンは少し笑った。


最初の頃、ミナはかなり警戒心が強かった。


必要以上に人へ近づかず、喋る言葉も最低限だった。


だが最近は違う。


特にカヤ相手だと、少し反応が柔らかい。


ユウもそれに気づいていた。


「なんだか姉妹みたいだよね」


「姉妹?」


ミナが首を傾げる。


「うん。雰囲気」


するとミナは少し考え込む。


その間にもカヤが腕を引っ張っていた。


「早く行こー!」


「引っ張るな」


「ミナ歩くの静かすぎるんだもん」


そんなやり取りをしながら、二人は森の方へ歩いていく。


並んだ後ろ姿は対照的だった。


ミナは静か。


足音も気配も薄い。


対してカヤは感情が全部耳と尻尾へ出る。


楽しい時は尻尾が揺れ、驚けば耳が跳ねる。


かなり分かりやすい。


川辺へ到着すると、カヤはすぐ靴を脱ぎ始めた。


「冷たっ!」


「入るの?」


「魚取るなら入るでしょ」


カヤはそのまま川へ飛び込む。


水飛沫が上がり、猫耳がぺたんと寝た。


ミナは少しだけ目を丸くする。


「……元気」


「ミナも入る?」


「ん」


ミナも静かに川へ入る。


冷たい水が足元を流れていく。


森の空気は澄んでいて、川の音も心地良かった。


カヤは魚影を見つけると、素早く水中へ手を突っ込む。


「いた!」


バシャッ!


だが魚は逃げた。


「むぅ……」


尻尾がしょんぼり垂れる。


ミナはその様子を見ながら、小さく川を覗き込む。


次の瞬間。


バシャッ。


静かな動きだった。


そしてミナの手には、大きな川魚が握られている。


「……取れた」


「早っ!?」


カヤが目を丸くする。


ミナは少し首を傾げた。


「普通」


「普通じゃないよ!?」


その後もミナは次々魚を捕まえていく。


動きが無駄なく速い。


しかも気配が薄いせいか、魚が逃げる前に捕まえてしまう。


カヤはしばらく呆然と見ていたが、やがて悔しそうに頬を膨らませた。


「……負けない」


「?」


次の瞬間。


カヤも本気になった。


猫獣人特有の俊敏さを活かし、水の中を素早く動き回る。


そして数分後。


「取ったー!」


ようやく魚を掴み上げる。


勢い余ってそのまま後ろへ転び、水飛沫が大きく上がった。


ミナは一瞬きょとんとした後。


「……ふっ」


小さく笑った。


「え」


カヤが固まる。


今、ミナが笑った。


しかも自然に。


ミナ本人も少し驚いたように瞬きをする。


だがカヤはすぐ嬉しそうに笑った。


「今笑った!」


「……笑ってない」


「笑った!」


耳も尻尾もぶんぶん揺れていた。


ミナは少し視線を逸らす。


だがその銀色の耳は、どこか落ち着いたように小さく揺れていた。


帰り道。


二人は並んで魚籠を持ちながら森を歩く。


カヤが隣で話し続ける。


「昔ね、木登り失敗してダンにめっちゃ怒られた」


「想像できる」


「でもリーフェも笑ってたんだよ? ひどくない?」


「多分、面白かった」


「ミナまでぇ!?」


騒がしい。


でも不思議と嫌じゃない。


ミナは静かにそう思っていた。


以前の自分なら、人とこんな風に並んで歩くことはなかった。


誰かと長く居るのも苦手だった。


だが今は違う。


温泉の湯気。


穏やかな空気。


笑い声。


その全部が少しずつ、自分の中の警戒を溶かしていた。


宿へ戻ると、ユウたちがちょうど作業を終えていた。


カヤが魚籠を掲げる。


「いっぱい取れた!」


「おぉ、すごい」


ユウが笑う。


その横でミナも静かに魚を差し出した。


ダンが二人を見比べながらニヤリと笑う。


「なんか仲良くなったな」


「ん」


ミナは否定しなかった。


その隣で、カヤの尻尾が嬉しそうに大きく揺れていた。


白い湯気が夕暮れへ溶けていく。


還らずの谷。


その奥では今日も、静かな温かさが少しずつ広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ