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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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16 個室風呂

宿の改築が始まってから数日。


還らずの谷の景色は、少しずつ変わり始めていた。


崩れかけていた建物は補強され、広間も以前よりかなり広くなっている。


温泉から伸びる水路も整理され、建物全体へ湯気と熱が巡るようになっていた。


朝になると、宿には香ばしい朝食の匂いが漂う。


レインの料理はすっかり皆の日課になっていた。


ダンたちは改築作業を手伝い、ミナとヘルウルフたちは木材運搬を担当する。


ドグランは毎日どこかしら改築案を増やし、リーフェは魔力循環を確認しながら設計を調整していた。


そして今日も。


「狭い!」


ドグランの叫び声が宿へ響く。


「また始まった……」


ダンが遠い目をした。


ドグランは広間の中央で腕を組みながら、宿全体を睨みつけている。


「温泉宿なのに風呂が一つしかないのは駄目じゃ!」


「いや元々廃屋だからね?」


ユウが苦笑する。


だがドグランは真剣だった。


「客が増えたらどうする! 順番待ちになるぞ!」


「……客来る前提なんだ」


カヤが呟く。


するとドグランは当然のように頷いた。


「こんな温泉、人が放っとくわけなかろう」


実際、既に人は増えている。


ダンたち。


ドグラン。


レイン。


そしてヘルウルフの群れ。


普通ではあり得ないが、この谷には少しずつ人が集まり始めていた。


リーフェが静かに図面を見る。


「確かに湯量には余裕あるわね」


「じゃろ?」


「源泉の流れを分岐させれば、小型浴場くらいは増やせそう」


ユウも頷く。


温泉の流れはかなり安定してきている。


今なら水路を増やしても問題なさそうだった。


するとミナが小さく首を傾げた。


「個室?」


「ん?」


「静かな風呂、欲しい」


その言葉に、一瞬空気が止まる。


ミナは真顔だった。


「一人で入る場所、落ち着く」


「……あー」


ユウは少し納得する。


ミナは賑やかな空気も嫌いではない。


だが元々静かな性格だ。


人が増えたことで、少し落ち着ける場所も欲しくなったのだろう。


リーフェも静かに頷く。


「確かに個室風呂は悪くないわね」


「魔力調整もしやすそう」


「疲れた時ゆっくりできる!」


カヤまで乗り気だった。


ドグランがニヤリと笑う。


「決まりじゃな!」


「決まるの早いな!?」


ダンがツッコむ。


だが反対する者はいなかった。


むしろ全員少し興味がある。


“個室風呂”。


静かに一人で温泉へ浸かれる場所。


想像するだけで、少し落ち着く気がした。


ドグランはすぐに地面へ図面を書き始める。


「建物裏へ増築する。水路は分岐、湯量は調整式じゃ」


「調整式?」


「熱湯すぎても困るじゃろ」


「確かに」


ユウもその横へしゃがみ込む。


温泉の流れをどう分けるか。


どの程度熱を残すか。


水路をどう巡らせるか。


考え始めると意外と面白かった。


すると。


ドォン。


背後で地面が揺れる。


振り向くと、グーちゃんが巨大な岩を運んできていた。


「……」


「……」


ミナが静かに頷く。


「やる気」


「もう完全に建築メンバーなんだよなぁ……」


ダンが頭を抱える。


しかも今回は他のヘルウルフたちまで石材を転がしてきていた。


完全に作業を理解している。


ドグランは満足そうに頷いた。


「うむ。人手が多いのは良いことじゃ」


「それ人手って言うのか?」


だが作業は本当に進み始めた。


ユウが水路を整える。


リーフェが魔力循環を確認する。


ドグランが設計を修正し、ダンとカヤが木材を運ぶ。


ミナとヘルウルフたちは巨大な石材を運搬していた。


特にグーちゃんが強い。


普通なら何人掛かりでも動かせない岩を軽々運び、指定位置へ正確に置いていく。


しかも妙に器用だった。


「グーちゃん、そこ」


ミナが指差す。


するとグーちゃんは巨大な岩を慎重に移動させ、ぴたりと指定位置へ置く。


「精度高ぇな!?」


ダンが思わず叫ぶ。


グーちゃんは少し誇らしげに鼻を鳴らした。


褒められるのが嬉しいらしい。


ユウはそんな光景を見ながら、小さく笑う。


追放され、居場所を失った。


最初はただ静かに暮らせればいいと思っていた。


だが今、自分の周囲にはこんなにも賑やかな空気がある。


人も。


魔物も。


種族すら関係なく、一緒に宿を作っている。


不思議だった。


そして。


悪くないと思えた。


夕方になる頃には、建物裏に新しい浴場の土台が完成していた。


温泉から分岐した湯気が静かに流れ込み、まだ未完成なのに、既に落ち着く空気が漂っている。


ミナはその場所を見ながら、小さく呟いた。


「……いい」


「気に入った?」


「ん」


銀色の尻尾がゆっくり揺れていた。


白い湯気が夕焼けへ溶けていく。


還らずの谷。


人が恐れた危険地帯。


その奥では今、“誰かが静かに休める場所”が少しずつ増えていた。

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