地下遺跡最深部へ
最終浄化区画へ続く階段が開いたあと、フェルザードを先頭にユウたち六人は地下遺跡のさらに深い場所へ向かっていた。
階段は想像していた以上に長く、青白い魔導灯が一定間隔で壁を照らしているものの、下を覗き込んでも終わりは見えない。
しかも降りれば降りるほど、空気に混じる魔力が重くなっていた。
地上で感じた黒い霧とは違う。
直接身体を蝕むようなものではないが、胸の奥へ沈み込んでくるような嫌な感覚がある。
ダンは何段目かも分からなくなった頃、前を歩いているフェルザードへ声をかけた。
「なあ、本当にこの先で合ってるんだよな?」
「構造図では間違いない」
「その構造図、途中で道なくなってたりしない?」
「古代遺跡に何を期待している」
「安心を期待してるんだよ!」
後ろを歩いていたリーフェが小さく笑った。
「その期待だけは早めに捨てた方がいいと思うわ」
「味方がいねぇ」
そんなやり取りをしながらさらに降りていくと、やがて長かった階段が終わった。
その先には円形の小さな広間があり、中央に古い管理装置が置かれている。
エルメリアは広間へ入るなり装置へ向かい、表面に積もっていた埃を払った。
「ここ、中継管理区画みたい」
「中継?」
ユウが覗き込む。
エルメリアが魔力を流すと、止まっていた装置が低い音を立てながら起動し、青白い光が壁面へ広がった。
そこに表示されたのは、地下遺跡のさらに深い部分だった。
現在地から伸びる通路。
その先に広大な空間。
さらにその中央から、もっと深い場所へ続く一本の経路が描かれている。
エルメリアは表示を見ながら眉を寄せた。
「やっぱりここから先は、上の管理装置と切り離されてる」
ダンが嫌そうに聞く。
「それ、悪い話?」
「少しね。誰かがここに残って、浄化炉と蓄積槽の数値を監視した方がいい」
フェルザードが構造図へ目を向ける。
「俺も残ろう」
ダンがすぐに振り返った。
「えっ」
「何だ、その顔は」
「いや……今回は最後まで先頭やってくれるものだと」
「俺がここに残った方が、異常が起きた時の対応は早い。蓄積槽側に問題が出れば、力ずくで抑えられる可能性もある」
「ものすごく正論だから文句言いづらいな……」
フェルザードは少し笑った。
「お前たちなら進めるだろう」
「そういう格好いい台詞で置いていくのやめてくれない?」
「危なくなったら戻ってこい」
「だから戻れる状態ならな!」
その時、上の階段から誰かが駆け下りてくる音が聞こえた。
全員が振り返る。
しばらくして現れたのは、大きな鞄を背負ったカヤだった。
「いた!」
ダンが目を丸くした。
「何でお前が来てんだよ!」
「補給!」
カヤはそう言って鞄を下ろした。
中には回復薬、魔力回復薬、保存食、それに小さな温泉水の容器まで詰め込まれている。
「ドグランが『地下へ行くなら持ってけ』って。あとレインからご飯」
ユウが鞄を見る。
「ありがたいけど、カヤ一人でここまで来たの?」
「途中までは騎士さんたちに運んでもらったよ」
「そこはちゃんとしてるんだな」
ダンが少し安心したところで、カヤが続けた。
「それで、私もここから一緒に行く」
「やっぱりそれが本命か!」
「だってユウとミナとリーフェとダンが行くんでしょ?」
「だからって――」
「私だけ残るのおかしいじゃん」
ダンが言葉に詰まる。
今でこそ、やわらぎの谷には国王や魔王、古竜や天使まで訪れるようになった。
だが、谷がまだ今ほど大きくなる前から、ユウの周囲で動いてきた者たちがいる。
ユウ。
ミナ。
ダン。
リーフェ。
そしてカヤ。
温泉を広げ、客を迎え、騒ぎが起きれば巻き込まれ、それでも一緒にここまでやってきた顔ぶれだった。
リーフェがカヤを見る。
「危なくなったら本当に下がるのよ」
「分かってる」
「本当に?」
カヤは少し考えた。
「……たぶん」
ダンが即座に指を差す。
「その一言でもう不安なんだよ!」
ミナは静かにカヤの横へ立った。
「カヤも一緒」
カヤが笑う。
「うん」
結局、最深部へ進むのはユウ、ミナ、リーフェ、ダン、カヤの五人となった。
エルメリアは中継管理区画に残って浄化炉と蓄積槽の数値を監視し、フェルザードも万一の異常に備えてその場に残る。
「何かあったら、ここの通信術式を使って」
エルメリアが小さな魔導具をユウへ渡した。
「完全には繋がらないかもしれないけど、近距離なら反応するはず」
ダンが眉を寄せる。
「また『はず』?」
「古代遺跡なんだから仕方ないでしょ」
「便利な言葉になってきたな、それ」
準備を整えた五人は、中継管理区画の奥にある扉を抜けた。
その先には、また緩やかな下り坂が続いていた。
ただし、ここから先はこれまでの遺跡とは明らかに雰囲気が違っている。
壁には古い配管が何本も走り、一定間隔で湯気を逃がすためと思われる細い穴が開いていた。
ユウが立ち止まり、一本の配管へ手を触れる。
「これ、温泉の管かな」
リーフェも近づいて魔力を確かめた。
「かなり古いけど、源泉系統と繋がってるわ。完全に死んではいないみたい」
ダンが深いため息を吐く。
「本当に地下の奥まで温泉なんだな」
カヤはむしろ楽しそうに周囲を見る。
「遺跡なのに温泉設備って面白いね」
「観光じゃねぇぞ」
「分かってるって」
さらに進むにつれ、周囲の造りも少しずつ変化していった。
上の階層は古代魔導施設らしい無機質な石造りだったが、ここから先は床が滑らかに磨かれ、壁には波や湯気を模した装飾が刻まれている。
やがて五人は、妙に広い部屋へ出た。
壁際には壊れた棚が並び、石造りの長椅子まで置かれている。
さらに床には、朽ちた籠のようなものまで残っていた。
ダンが足を止める。
「……ちょっと待て」
ユウが振り返った。
「何?」
「ここ、地下遺跡だよな?」
「そうだね」
ダンは周囲を指差す。
「なんでどう見ても脱衣所なんだよ」
カヤが棚を覗き込んだ。
「昔の人も服脱いだんじゃない?」
「それはそうだけど、そういう話じゃねぇ!」
リーフェも少し呆れながら部屋を見回す。
「地下大浴場遺跡って、比喩でも何でもなかったのね」
ミナはゆっくり歩きながら鼻を動かした。
「温泉の匂いする」
その言葉に全員が少し黙る。
古い石と魔力の匂いに混じり、確かにほんのわずかではあるが、温泉特有の香りが残っていた。
ユウはそれに気づくと、少しだけ表情を緩める。
「昔、本当にここを使ってたのかも」
さらに奥へ進むと、今度は広い洗い場のような場所へ出た。
石床には何本もの排水溝が走り、壁際には一定間隔で低い台が並んでいる。
その先にある巨大な扉を押し開いた瞬間、五人は揃って足を止めた。
「……でか」
カヤが思わず声を漏らす。
目の前には、途方もなく大きな浴槽跡が広がっていた。
普通の大浴場など比較にならない。
古竜が人の姿にならず、そのまま入ったとしても余裕がありそうなほど広く、深い。
今は湯が抜かれているものの、浴槽の底には巨大な魔法陣が刻まれ、その中心にはさらに下へ続く円形の穴が見えていた。
リーフェが息を呑む。
「浴槽そのものが魔導装置になってる」
ユウも底の魔法陣を見る。
「温泉に入りながら何かしてたのかな」
「たぶん逆ね」
リーフェが首を振る。
「人が入るためだけの浴槽じゃない。温泉そのものを使って、大量の魔力を循環させるための設備だと思う」
ダンが巨大な浴槽を見下ろす。
「過去の勇者、本気で何でも温泉に繋げてるな」
ユウが少し笑った。
「いいと思う」
「お前はそう言うと思った」
カヤは浴槽の縁へしゃがみ込み、底に刻まれた模様を眺める。
「この線、今のやわらぎの湯にも似たのなかった?」
ユウも隣へしゃがんだ。
「効能特化湯を作った時に見た魔力の流れと似てる」
リーフェも魔法陣を確認する。
「精神安定と魔力安定、その両方を循環させる構造ね。これだけ大規模なら、大勢の人を同時に癒やすためというより、膨大な魔力を処理するために使われていた可能性が高い」
ミナが中央の穴を見る。
「ここが浄化炉?」
「まだ違うと思う」
リーフェも同じ場所へ視線を向ける。
「本体は、さらに下ね」
ダンが露骨に嫌そうな顔をした。
「まだ下あるの?」
カヤが笑う。
「最深部って言ってたし」
「今ので十分最深部っぽかったんだよ」
五人は空になった浴槽の底へ降り、中央にある円形の穴へ近づいた。
そこからは螺旋状の階段がさらに下へ続いている。
先ほどまでの通路より狭いうえ、穴の奥からは重たい魔力がはっきりと伝わってきた。
ミナの表情が曇る。
「下、嫌な感じ強い」
ユウも同じものを感じていた。
深く降りるほど、胸の奥へ自分のものではない感情が押しつけられてくる。
理由もなく不安になる。
些細なことに苛立ち、何もかも諦めてしまいたくなる。
それが瘴気の影響だと分かっていても、気分のいいものではない。
ダンも顔をしかめる。
「これが蓄積槽に溜まってる奴か」
リーフェはすぐに杖を取り出し、五人を包む簡易的な防護魔法を展開した。
「完全には防げないけど、直接受けるよりはましなはず」
カヤが胸元を押さえる。
「なんか……嫌なことばっかり思い出しそうになる」
ユウが静かに答える。
「無理に考えなくていいよ。ここに溜まってるものに引っ張られてるだけだから」
「うん」
その時、ミナがカヤの手を軽く握った。
「一緒だから」
カヤは一瞬驚いたものの、すぐに小さく笑う。
「ありがと」
ダンも二人を見ながら大剣を担ぎ直した。
「こういう場所で一人で抱え込むなよ。少なくとも今は五人いるんだから」
リーフェが少し笑う。
「珍しくいいこと言うわね」
「珍しくは余計だ!」
ダンの声が螺旋階段へ響き、重苦しかった空気がほんの少しだけ軽くなった。
やがて、階段の終わりが見えてくる。
その先には、これまで見てきたものの中でも特に古そうな巨大な扉が立っていた。
表面には湯気を思わせる曲線と、世界地図のように広がる無数の地脈が刻まれている。
中央には古代文字が並んでいた。
リーフェがゆっくり読み取る。
「『最終浄化区画』」
ユウが扉を見上げた。
「ここだね」
ダンは大剣の柄へ手を置く。
「開けた瞬間に瘴気が噴き出す、とかないよな?」
カヤが嫌そうな顔をする。
「ありそうなこと言わないでよ」
「いや、念のためだって」
その横でミナは、扉の向こうへ耳を澄ませていた。
「……音する」
ユウが聞く。
「どんな音?」
「水」
五人も静かになる。
耳を澄ませると、確かに巨大な扉の遥か向こうから、ごう、と大量の水が流れ続けているような低い音が聞こえてきた。
温泉なのか。
地脈を流れる地下水なのか。
それとも、長い年月止まっていたはずの浄化炉が、今もどこかだけ動き続けているのか。
ユウは扉へ手を伸ばす前に、隣にいる四人を見た。
ミナ。
リーフェ。
ダン。
カヤ。
やわらぎの谷がまだ今ほど大きくなく、温泉を目当てに世界中から人が集まるようになるより前から、一緒にここまで歩いてきた仲間たちだった。
「行こうか」
ユウが言うと、ダンが少しだけ苦笑した。
「結局いつもそれだな」
「他に言うことある?」
ダンは一度考え、大剣を握り直す。
「いや。それでいい」
リーフェも杖を構え、カヤは腰の鞄を確認する。
ミナは何も言わず、ユウのすぐ隣へ立った。
五人が揃ったのを確認してから、ユウは巨大な扉へ両手をかける。
過去の勇者が残した地下大浴場遺跡。
そのさらに奥に存在する、世界中から集められた瘴気を浄化するための最後の区画。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークやページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!




