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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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地下に封印されたもの

巨大な古代の鍵に導かれるようにして、ユウたちは再び地下遺跡へ足を踏み入れた。


先頭を歩くのはフェルザードで、そのすぐ後ろを青白い光を放つ鍵がゆっくりと浮かびながら進んでいる。ユウとミナがその後ろに続き、リーフェとエルメリアは周囲の魔力を警戒しながら歩き、最後尾のダンは何度も背後を確認していた。


昨日までの地下遺跡とは明らかに様子が違う。


壁に埋め込まれた古い魔導灯はすべて点灯しており、床にはこれまで見えなかった青い光の筋が伸びている。その光は巨大な鍵が進むたびに次々と灯り、まるで長い間眠っていた遺跡そのものが、彼らを奥へ導いているようだった。


「前に来た時、こんな通路あったか?」


ダンが辺りを見回しながら尋ねる。


「なかったと思う」


ユウが答えると、エルメリアも頷いた。


「昨日までは壁だった場所が開いている。80%到達で、この区画そのものが解放されたみたい」


「つまり、今までずっと壁の向こうに何か隠れてたってことか」


「そう考えるのが自然ね」


リーフェの言葉を聞き、ダンは嫌そうに顔をしかめた。


「昔の勇者って、どうしてこう普通に扉作らないんだよ」


フェルザードが前を向いたまま答える。


「あいつに言わせれば、必要な時まで開かない方が安全なのだそうだ」


「正しいけど面倒くせぇな」


「それも本人に言ったことがある」


「やっぱり言ったのかよ」


少しだけ空気が和らいだものの、通路を進むにつれて周囲に漂う魔力は明らかに濃くなっていた。


ただし、強いというだけではない。


何かが重い。


胸の奥に石でも置かれたような息苦しさが、少しずつ増していく。


ミナの耳が伏せられた。


「ここ、嫌な感じする」


ユウも足を止める。


「うん。なんだか気持ちが沈むね」


ダンは眉間へ皺を寄せた。


「俺もだ。別に何も起きてねぇのに、妙に腹が立つっていうか……」


「魔力の影響よ」


リーフェがすぐに周囲を調べる。


「普通の魔力じゃない。感情に干渉する性質が混じってる」


エルメリアも壁面に浮かぶ古代文字を読みながら表情を引き締めた。


「この先に何かある。しかも、かなり長い期間ここへ集められ続けているみたい」


「集められてる?」


ユウが聞き返したところで、先を進んでいた巨大な鍵が止まった。


その前には、これまでの地下遺跡とは比べものにならないほど大きな扉があった。


高さは十メートルを超えている。


黒い金属のような素材で作られた扉全体に細かな文様が刻まれ、その中央には巨大な鍵とまったく同じ形の鍵穴があった。


ダンがしばらく見上げたあと、ゆっくりユウを見る。


「……本当に大きい扉だったな」


「だから言ったでしょ」


「まさか本当にそのままだとは思わねぇだろ!」


ミナも小さく頷く。


「ユウ、正解」


「そこ評価するところじゃねぇ!」


巨大な鍵が扉へ近づき、誰も触れていないのに自ら鍵穴へ収まっていく。


ごん、と重い音が地下へ響いた。


しかし、すぐに扉が開くことはなかった。


代わりに周囲の壁が青白く光り、無数の古代文字が次々と浮かび上がった。


エルメリアが慌てて近づく。


「待って。何か表示されてる」


リーフェも隣へ立つ。


二人はしばらく文字を追い、短い言葉を交わしながら内容を読み解いていった。


最初は興奮気味だったエルメリアの顔が、次第に真剣なものへ変わっていく。


「……どうした?」


ダンが尋ねても、すぐには答えない。


やがてエルメリアは壁から目を離し、フェルザードへ視線を向けた。


「あなた、これを知っていた?」


「いや。ここまで詳しい内容は知らん」


「そう」


エルメリアは一度息を整えた。


「なら、最初から説明した方がいい」


ユウたちも自然と集まる。


エルメリアは壁に浮かぶ文字を指した。


「ここには、この施設が何のために作られたのか記録されている」


「温泉のためじゃないの?」


ユウが聞く。


「温泉も関係してる。でも、それだけじゃない」


エルメリアは一番大きく表示された一文へ指を移した。


「この地下に封じられているのは、『瘴気』」


ダンの表情が変わる。


「瘴気?」


「魔物が出る場所に溜まってる、あの?」


「似ているけれど、少し違うみたい」


リーフェが説明を引き継ぐ。


「ここで言う瘴気は、世界に暮らす者たちから生まれる負の感情そのもの。怒り、憎しみ、恐怖、嫉妬、絶望、それに戦争や争いの中で積み重なる敵意まで含んでいる」


「感情を封印してるってこと?」


ユウが首を傾げる。


「全部ではないわ。当然、人が怒ったり悲しんだりする感情そのものを消すわけじゃない」


リーフェは壁の記録を確認しながら続けた。


「問題なのは、それらが強くなりすぎて周囲の魔力と結びついた時。負の感情が魔力へ染み込み、それがさらに別の人間や魔族の精神へ影響して、また敵意を強めていくことがあるみたい」


ダンが腕を組む。


「嫌な気分が周りに広がって、それでまた喧嘩が増えるってことか?」


「かなり簡単に言えば、そうね」


「十分嫌な話だな」


エルメリアはさらに文字を読み進める。


「過去の勇者は、それを世界中から少しずつ吸い上げる仕組みを作ったらしい」


その言葉に全員が黙った。


ユウが聞き返す。


「世界中から?」


「ああ、やっぱりそう書いてある」


エルメリア自身も信じられないようだった。


「地脈は世界中に繋がっている。過去の勇者はその流れを利用して、自然に魔力へ溶け込んだ瘴気だけを少しずつ集め、この谷へ送る仕組みを作った」


ダンが足元を見る。


「まさか……」


エルメリアが頷く。


「その瘴気を、ずっとこの温泉の下に封印していた」


地下に沈黙が広がった。


誰もが反射的に足元を見る。


このさらに下に、どれほどの量があるのか。


何十年ではない。


何百年、あるいはもっと長い時間をかけて、世界中から集められた負の感情が眠っている。


ダンの顔が引きつった。


「俺たち、その真上で毎日風呂入ってたの?」


「そうみたい」


ユウが答える。


「お前なんでそんな普通なんだよ!」


「知らなかったし」


「知った今はもう少し怖がれ!」


ミナは床を見ながら小さく呟いた。


「だから、谷は争いにくい?」


リーフェがミナを見る。


「その可能性はあるわね」


エルメリアも記録を追う。


「正確には逆かもしれない。この谷が周囲の敵意を吸収して地下へ流すよう作られているから、結果として地上では感情が落ち着きやすくなる。やわらぎの湯には、それをさらに安全に調整する役割があるみたい」


ユウが源泉のことを思い出す。


「温泉にも役目があったんだ」


「かなり重要な役目がね」


リーフェは少し呆れたように笑った。


「あなたは知らないまま、その仕組みをずっと整えていたことになる」


「でも僕が来る前から温泉はあったよ」


「それでも、今みたいに多くの人が利用してはいなかったでしょう」


エルメリアが壁の別の表示を指した。


そこには昨日と同じ数字が浮かんでいた。


80%。


「世界精神安定度っていうのは、単純に皆が幸せかどうかを測ってるわけじゃない。世界に漂う瘴気の量と、こちらで処理できている量、その均衡を示している可能性が高い」


ダンが数字を見る。


「80ってことは、かなりうまくいってる?」


「少なくとも、この施設の基準では」


「じゃあ何で鍵が出てきたんだ?」


その問いに、エルメリアは黙った。


もう一度記録を読み直してから、ゆっくり扉を見る。


「たぶん、この先に答えがある」


フェルザードが低い声で言った。


「封印して終わりではない、ということか」


「そうみたい」


エルメリアは巨大な扉の文字へ目を向ける。


「ここには『蓄積槽』と書かれている。そして鍵が解放された理由については――」


一度言葉を止める。


「封印量が規定値へ到達し、同時に世界精神安定度が80%を超えた場合、最終処理工程を起動する、とある」


ダンが嫌そうな顔をする。


「最終処理?」


フェルザードの金色の瞳が細くなる。


「それが、あいつの言っていた最後の仕掛けか」


巨大な扉の向こうから、地の底を揺らすような低い音が聞こえてきた。


ただ封じ込めていたわけではない。


過去の勇者は、いつか世界の状態が一定のところまで落ち着いた時、この膨大な瘴気そのものに何かをするつもりだったらしい。


ユウは扉を見上げた。


「じゃあ、次はこれをどうにかするんだね」


ダンが横を見る。


「お前、世界中の負の感情が詰まってるって聞いた直後にその感想なの?」


「ずっと溜めたままにはできないでしょ」


「……まあ、それはそうなんだけどよ」


フェルザードが小さく笑った。


「やはり似ているな」


「誰に?」


「あいつにだ」


ユウは少し困ったような顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


巨大な鍵はすでに鍵穴へ収まり、あとは回されるのを待っている。


その扉の向こうに眠っているのは、世界中から長い年月をかけて集められた瘴気。


怒りも、憎しみも、恐怖も、絶望も、誰かが誰かを傷つけたいと願った瞬間さえも、長い時間をかけてこの谷の地下へ流れ込み、封じ込められてきた。


やわらぎの谷が人々の心を穏やかにする場所であり続けられた理由は、地上に見えていた温泉だけではなかった。


その遥か下では、過去の勇者が残した仕組みが、誰にも知られないまま世界中の重たい感情を受け止め続けていたのである。

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