谷の名物グッズ
大宴会が終わって、しばらく経った頃。
やわらぎの谷では、また別の意味でちょっとした騒ぎが起きていた。
その原因は、朝から露店街の一角で元気いっぱいに声を上げているカヤだった。
「できたー!」
谷に響き渡るほどの声を聞いたダンは、露店街を歩きながら露骨に嫌そうな顔をする。
「……今度は何だよ」
「さあ。でもカヤがあれだけ喜んでるなら、何か作ったんじゃない?」
隣を歩いていたユウがそう答え、二人で声のした方へ向かってみると、そこには普段よりも一回り大きな露店ができていた。
ただし、並んでいるのはいつもの温泉まんじゅうではない。
『やわらぎの湯』の文字が入った布袋に、湯気の模様を染めた手ぬぐい。木札や小さな人形、湯桶を模した小物まで、見慣れない品々が所狭しと並んでいる。
そして、その中でもひときわ目立つ場所には、ものすごく大きな灰黒色の物体が置かれていた。
ダンは思わず足を止める。
「……何だ、これ」
待っていましたと言わんばかりに、カヤが胸を張った。
「グーちゃん抱き枕!」
「なんで作った!?」
ダンの声が露店街に響く。
だが、カヤが自信満々になるのも分からなくはなかった。
目の前に置かれている抱き枕は、確かにグーちゃんだった。
もちろん巨大なグレートヘルウルフ本人ほどの大きさはないものの、灰黒色の身体に大きな耳、丸みを持たせた脚までよく再現されている。
特に尻尾の出来は妙に良かった。
ふかふかとした布地が毛並みのような感触を作っており、カヤは抱き枕を両腕で抱えながら嬉しそうに見せつけてくる。
「見て! この毛並みっぽい触り心地!」
「どれどれ……」
ダンが何となく手を伸ばし、表面を撫でる。
その直後。
「……無駄に気持ちいいな」
「でしょ!」
カヤはますます得意そうになる。
「いや、出来がいいのは分かった。でも何でグーちゃんなんだよ」
「人気だから!」
返事は一瞬だった。
ダンが何か言おうとしたところで、少し離れた場所から小さく声がする。
「わふ」
そこには本物のグーちゃんが座っていた。
巨大な身体を地面に落ち着け、自分そっくりの抱き枕を何とも言えない顔で眺めている。
その隣では、ミナも本物と抱き枕を交互に見比べていた。
「似てる」
「でしょ!」
カヤが嬉しそうに答えたところへ、今度はリーフェがやってくる。
「細部はかなり直したわよ」
ダンが勢いよく振り返った。
「リーフェも関わってんの!?」
「ええ。最初にカヤが作った試作品は、耳の位置が少し違ったのよ」
「そこまでこだわったのか?」
「当然でしょう。グーちゃんは耳の付け根がもう少し外側よ」
あまりにも真面目な表情で言われたため、ダンは思わず本物のグーちゃんを見る。
次に抱き枕を見る。
そして、もう一度本物を見る。
「……ほんとだ」
「分かるんかい!」
今度はユウが思わず突っ込んだ。
そんな三人を横目に、カヤは机の上の商品を次々と指差していく。
「もちろん、グーちゃん抱き枕だけじゃないよ!」
最初に手に取ったのは、『やわらぎの湯』という文字と湯気の模様が描かれた手ぬぐいだった。
その隣には、グーちゃんの顔を彫った木製の根付があり、さらに小さな温泉桶や湯桶型の飾り、温泉手形を入れるための専用袋まで用意されている。
「それから、これ!」
カヤは最後に、小さな布人形を勢いよく持ち上げた。
「ミナ人形!」
「……わたし?」
ミナの耳がぴくりと立つ。
銀色の髪に狼耳、小さな尻尾まで付いたその人形は、確かにミナをモデルにしているらしい。
ミナはしばらく人形を眺めたあと、ぽつりと言った。
「ちょっと丸い」
「可愛くしたの!」
「わたし、そんなに丸くない」
「人形だから!」
二人のやり取りを聞いて、ダンが吹き出す。
「本人の確認、厳しいな」
さらに机の端を見ると、今度は猫耳を付けた小さな人形が置かれていた。
ダンが手に取る。
「これは?」
「看板娘セット!」
「自分で看板娘って言うのかよ!」
どうやらミナ人形とカヤ人形を二つ並べて売るつもりらしい。
その横でリーフェがため息交じりに言った。
「私は最初、止めたのよ」
「本当か?」
ダンが疑わしそうに見る。
「本当よ。でも試作品を置いておいたら、宿泊客が欲しいと言い始めたの」
「それで結局乗ったんだな」
「需要があるなら仕方ないでしょう」
「完全にカヤみたいなこと言い始めてるぞ」
その時、露店の前を通りかかった常連の冒険者が足を止めた。
「何だこれ?」
その瞬間、カヤの目が輝く。
「今日から販売開始の限定お土産!」
「限定?」
明らかに男の反応が変わった。
ダンは嫌な予感を覚える。
「おい、カヤ。限定ってどういう意味だ」
「最初の販売分だけ数が少ないの」
「普通に数量限定ってことか?」
「うん!」
すると冒険者は、迷うことなくグーちゃん抱き枕を持ち上げた。
「これ、いくら?」
カヤが値段を答える。
男はほんの少し考えただけで頷いた。
「買う」
「早っ!」
ダンが目を丸くする。
「お前、冒険者だろ!? こんなでかい抱き枕持って帰るのか?」
「宿で使う」
「今から使う気かよ!」
しかし男はまったく気にする様子もなく、グーちゃん抱き枕を抱えたまま満足そうに宿の方向へ歩いていった。
そして、その姿を近くにいた別の客たちが見ていた。
「あれ、何だ?」
「グーちゃんの抱き枕らしいぞ」
「売ってるのか?」
「限定だってさ」
そこからは早かった。
数分もしないうちに露店の前へ人が集まり始め、十人、二十人とあっという間に列が伸びていく。
「ちょ、ちょっと待って! 押さないで! 順番!」
カヤが嬉しい悲鳴を上げる。
その光景を見ていたダンは、完全に呆気に取られていた。
「なんでこんなに売れてんの!?」
すると列に並んでいた常連客の一人が当然のように答える。
「グーちゃん人気あるからな」
「そうなの?」
「子供には特に人気だぞ。露天風呂で会えた日は運がいいって言う奴までいる」
別の客も横から頷いた。
「俺も聞いたことあるな」
「いつの間に縁起物みたいになってんだよ!」
当の本人であるグーちゃんは、少し離れた場所から自分そっくりの抱き枕が次々と運ばれていく様子を静かに眺めていた。
「わふ」
ユウがその隣にしゃがむ。
「グーちゃん、どう思う?」
「わふ」
するとミナが少し考えてから言った。
「気にしてないみたい」
「ほんとか?」
ダンが疑うように聞く。
「たぶん」
「たぶんかよ!」
そんな騒ぎが続いた結果、昼前には最初に用意していたグーちゃん抱き枕がすべて売り切れてしまった。
空になった棚を前にして、カヤが呆然とする。
「……嘘」
ダンは呆れながら腕を組んだ。
「作った本人が一番驚いてどうすんだよ」
「だって、二日分くらいあると思ってた!」
「何個作ったんだ?」
「三十」
「午前中で三十個売れたのか!?」
さすがのリーフェも少し驚いた様子で棚を見る。
「想定以上ね」
「追加しよう!」
すぐさまカヤが言うと、ダンが慌てて止めた。
「待て待て。誰が作るんだよ」
カヤは迷うことなく周囲を指差す。
「裁縫できる人!」
「雑すぎるだろ!」
ところが、その話を聞いた谷の裁縫職人や布製品を扱う商人たちが興味を示した。
もともと獣人の服や旅用品を作っていた職人も多く、話を聞くと「面白そうだ」と次々に参加し始めたのである。
しかも職人が集まれば、当然のように新しい案まで出てくる。
「これ、小型版も作った方がいいんじゃないか?」
「それなら旅人も持ち帰りやすい!」
「尻尾だけの枕はどうだ?」
「いい!」
「グーちゃんの足跡模様を入れた手ぬぐいも売れそうだな」
「それも作ろう!」
増えていく案を聞きながら、ダンは頭を抱えた。
「増える速度が温泉街と同じなんだよ!」
そして翌日。
ダンの予想通り、露店の商品はさらに増えていた。
グーちゃんの小型ぬいぐるみに、尻尾を模した枕。足跡模様の手ぬぐい、ミナとカヤの看板娘人形、『やわらぎの湯』の木札、温泉桶型の小物入れ。
そこまではまだ分かる。
問題は、そのさらに隣だった。
そこには堂々と、
『リーフェ監修 湯上がりリーフェ人形』
と書かれていた。
ダンが固まる。
「……お前も作ったの?」
リーフェはわずかに視線を逸らした。
「カヤが勝手に作ったのよ」
「でも監修って書いてあるぞ?」
「最初の試作品は髪型が違ったから直しただけよ」
「結局こだわってるじゃねぇか!」
しかも売れ筋を確認してみると、一番人気は予想通りグーちゃん抱き枕だったものの、二番目の商品が少し意外だった。
『湯上がりミナ人形』
温泉用の小さな手ぬぐいを頭の上に乗せた、ミナの人形である。
本人はしばらく商品を見つめたあと、首を傾げた。
「これ、何?」
カヤが嬉しそうに笑う。
「新作!」
「なんで手ぬぐい乗ってるの?」
「温泉っぽいから!」
「わたし、こうやって入らない」
「雰囲気!」
ミナは納得していない様子だった。
ところが、ちょうど横を通りかかった常連の商人が足を止め、人形を手に取る。
「これ、二つ」
「はい!」
カヤがすぐさま商品を包む。
ミナはその様子を無言で見送った。
「……売れた」
「売れるんだよ!」
カヤが得意そうに胸を張る。
やがて、お土産グッズの噂は谷の常連客だけでなく、遠方からやってくる旅人や商人たちにも広がっていった。
「温泉まんじゅうだけじゃないらしい」
「グーちゃんのぬいぐるみがあるんだってさ」
「限定品はすぐ売り切れるらしいぞ」
「朝に並ばないと買えないって聞いた」
そんな話まで広まり、いつの間にか露店街の朝には新しい行列ができるようになった。
ある朝。
ダンは露店街の中央に立ち、温泉まんじゅうを買う客の列と、グッズを求めて並ぶ客の列、そして大浴場へ向かう客たちの列を順番に見比べた。
しばらく黙ったあと、ぽつりと言う。
「……ここ、何の谷だったっけ?」
隣にいたユウが少し考える。
「温泉の谷?」
「疑問形にすんな」
その間にも、カヤは露店の前で楽しそうに声を張り上げていた。
「グーちゃん抱き枕、残り五個ー!」
「小型版もあと少しだよ!」
「温泉手形袋はまだあるよー!」
客たちが次々と商品へ手を伸ばしていく。
その横では、リーフェが冷静に在庫数を確認していた。
「カヤ。抱き枕は一人一つまでにした方がいいわ」
「なんで?」
「一人で五つ買おうとしている人がいる」
「ほんと!?」
ダンが勢いよく列の先を見ると、そこには王都から来た商人が立っていた。
「おい! 何で五つも買うんだよ!」
商人は平然と答える。
「家族用だ」
「五人家族なのか?」
「いや。一人暮らしだ」
「全部自分用じゃねぇか!」
周囲から笑い声が上がった。
その日の夕方。
ようやく客足が落ち着いた頃、カヤは露店の奥で売上を書きながら満足そうに笑っていた。
「すごい……」
隣から帳簿を覗いたリーフェも頷く。
「このままなら、温泉まんじゅうに次ぐ名物になるかもしれないわね」
ダンが呆れた顔になる。
「抱き枕が?」
「グーちゃん抱き枕が」
「そこ大事なのかよ」
少し離れた場所では、ミナが本物のグーちゃんにもたれかかりながら、見本として置かれていた小型のグーちゃん人形を手にしていた。
ユウがそれに気づく。
「それ、欲しい?」
ミナは小さな人形を見る。
次に本物のグーちゃんを見る。
そして、もう一度人形へ視線を戻してから答えた。
「本物いる」
「まあ、そうだね」
「わふ」
グーちゃんがミナの肩へ大きな頭を乗せる。
それを見たダンが笑った。
「そっちは最強の非売品だな」
するとカヤが即座に反応する。
「グーちゃん本人は売らないよ!」
「当たり前だ!」
こうして、やわらぎの谷にまた一つ、新しい名物が生まれた。
温泉水を使った温泉まんじゅう。
レインが作る特製料理。
谷を巡るための温泉手形。
そして、抱けば妙に落ち着くと評判になった、ふかふかのグーちゃん抱き枕。
後に遠方からやってくる旅人たちは、温泉で身体を温めたあと、決まって露店街へ立ち寄るようになる。
「グーちゃん抱き枕はどこで売っていますか」
そんな言葉が当たり前のように聞かれるようになるのは、もう少しだけ先の話。
やわらぎの谷を代表する、妙にふかふかした土産物は、こうして誕生したのだった。
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