種族を超えた大宴会
天界分館が無事に開業してから数日後。
やわらぎの谷では、朝からいつもとは少し違う騒がしさが広がっていた。
露店街ではカヤが何人もの店主を捕まえて何やら相談し、食堂ではレインが普段より遥かに多い食材を前に腕を組んでいる。さらに広場では、ドグランが職人たちへ指示を飛ばしながら大量の長机を並べていた。
その様子を眺めていたダンが、嫌そうな顔でユウへ振り向く。
「なあ、ユウ」
「なに?」
「天界分館が開いたから、関係者で軽く祝いでもしようって話だったよな?」
「うん。そのはずだけど」
「だったら、なんで広場が祭り会場みたいになってんだよ」
ユウも改めて周囲を見渡した。
確かに軽い祝いという規模ではない。
長机だけでも何十台と並び、その周囲には酒樽や大鍋、食材を置く台まで準備されている。
原因は分かっていた。
最初に話を聞いたエルグランが、
「せっかくの祝いだ。王家の酒を出そう」
と言い出した。
するとゼルヴァディスが、
「人間側だけに酒を任せる理由はないな」
と魔族領の酒を持ち込むことになった。
さらに天界分館の開業祝いなのだから当然天界からも参加者が来ることになり、そこへ古竜たちまで話を聞きつけた。
結果として。
「王国、魔族、天使、古竜……」
ダンが指を折る。
「これもう世界会議だろ」
「会議じゃないよ。宴会だよ」
「余計おかしいんだよ!」
そこへ、黒い猫耳を揺らしたカヤが走ってきた。
「ユウ! 温泉まんじゅう、追加で三百個作ることになった!」
「三百?」
「一般のお客さんも参加したいって言ってるから!」
ダンが顔を上げる。
「一般客まで参加すんの!?」
「せっかくのお祝いなんだから、みんなで食べた方が楽しいでしょ?」
カヤは当然のように答える。
ユウも頷いた。
「いいと思う」
「止めろよ!」
もはやダン一人ではどうにもならなかった。
昼前になると、最初の大物がやってきた。
地面へ巨大な影が落ちたかと思えば、フェルザードを先頭に四大古竜が谷へ降りてくる。
今日は宴会ということもあり、全員すぐに人型へ変わった。
だが。
ガルヴァーンだけは、人型になっても三メートル近い巨体のままである。
「持ってきたぞ!」
豪快に笑ったヴァルガスが肩から何かを下ろした。
どすん、と地面が揺れる。
巨大な赤い角を持つ魔獣だった。
ダンが固まる。
「……何これ」
「紅角暴牛だ」
フェルザードが答える。
「竜眠山脈の奥に棲む。なかなか美味いぞ」
「美味いかどうか聞いてねぇ!」
さらにセレナが氷の冷気を纏った鹿を、レグルスが星のような斑点を持つ鳥型魔獣を持ち込む。
最後にガルヴァーンが巨大な岩甲猪を引きずってきたところで、ダンは頭を抱えた。
「お前ら宴会の差し入れの規模がおかしい!」
ガルヴァーンは真顔で答えた。
「人数が多いと聞いた」
「だからって魔獣一頭丸ごと持ってくる奴がいるか!」
「ここにいるぞ」
「そういう意味じゃねぇ!」
騒ぎを聞きつけて厨房から出てきたレインは、並べられた食材を見るなり表情を変えた。
紅角暴牛の肉を確認し、氷牙鹿の肉質を見て、星影鳥の羽を退ける。
最後に岩甲猪を見上げると、一度だけ頷いた。
「全部使う」
「レインまで乗るのかよ!」
「こんな食材は滅多に手に入らない」
料理人としては見逃せないらしい。
そのまま厨房へ戻り、巨大な鍋がさらに二つ追加された。
そして午後。
今度は谷の入口周辺の空気が急に冷たくなった。
「ユウー」
聞き覚えのある声に振り向けば、淡い水色の髪を揺らしたコルが立っていた。
その後ろには巨大な透明の氷塊が浮いている。
「コル、それどうしたの?」
「宴会用」
「酒を冷やすのか?」
ダンが聞く。
コルは首を横に振った。
「かき氷」
「その量全部!?」
「いっぱい来るって聞いた」
そこへカヤが目を輝かせながら飛び込んでくる。
「じゃあシロップ作ろう!」
森で採れる果実を使い、赤い森ベリー、甘い蜜苺、爽やかな青鈴の実など、何種類ものシロップが用意されることになった。
試しにコルの氷を削ると、まるで雪のように細かな氷が器へ積もる。
その上へ赤いシロップをかけ、コルが一口食べた。
「……おいしい」
尻尾があれば振っていそうな顔だった。
「よし、採用!」
カヤが即決する。
「何の審査だったんだよ」
ダンが呆れていると、今度は天界門が開いた。
白い光の向こうから、セラフィエルを先頭に天使たちが次々と降りてくる。
その手には色とりどりの籠が抱えられていた。
「招待への返礼です」
セラフィエルが籠を差し出す。
中に入っていたのは、地上では見たことのない果実だった。
淡く輝く白い実。
透き通るような青い果実。
金色に光る小さな実。
ミナが興味深そうに覗き込む。
「きれい」
「天界で育つ果実です。地上では珍しいでしょう」
その言葉を聞いた瞬間。
カヤとレインが同時に果実を見る。
セラフィエルがわずかに身構えた。
「……なぜ、そのような目で見るのです?」
「かき氷に合いそう」
「料理にも使える」
「到着して一分で調理方法考えるなよ!」
ダンの声が飛ぶ。
だが、宴会準備は止まらない。
王国からエルグランとグラディウスが到着し、王家秘蔵の酒樽が運び込まれる。
少し遅れてゼルヴァディスと四天王も姿を見せ、魔王城で百年以上寝かせたという酒まで持ってきた。
エルグランがその樽を見る。
「ほう。百年物か」
ゼルヴァディスが笑う。
「そちらの酒よりは美味いだろうな」
「飲む前から決めるな」
「ならば比べればよい」
「望むところだ」
「宴会始まる前から勝負すんな!」
ダンが止める横で、グラディウスとバルグレイまで顔を合わせていた。
「今日は剣ではなく酒で勝負するか?」
バルグレイが笑う。
「受けて立とう」
「お前まで乗るな!」
そんな騒ぎの中、グーちゃんとヘルウルフの群れも現れ、ガレス、セシル、フィアまで谷の警護を終えて合流する。
気づけば、広場は人で埋め尽くされていた。
人間。
魔族。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
天使。
古竜。
精霊。
そして魔物たち。
少し前までなら、同じ場所に集まっただけで大騒ぎになっていた顔ぶれだった。
けれど今は、誰も武器へ手を伸ばしていない。
気にしているのは、今日の料理と酒、それから宴会が終わったあとの温泉くらいだった。
準備が整い、ユウが広場の中央へ立つ。
何百という視線が集まる。
「ユウ、挨拶」
ミナが小さな声で言った。
「考えてなかった」
「だと思ったよ!」
横からダンが突っ込む。
ユウは少し考えてから、杯を持ち上げた。
「天界分館が無事に開いたお祝いです。難しいことは特にないので、今日はいっぱい食べて、いっぱい飲んで、疲れたら温泉に入ってください」
数秒。
静かになった。
ダンが額を押さえる。
「最後まで温泉かよ」
ユウは首を傾げた。
「だめ?」
ダンは周囲を見る。
王も。
魔王も。
天使も。
古竜も。
皆が笑っていた。
やがてダンも肩をすくめる。
「……いや。それでいい」
ユウは笑い、杯を高く掲げた。
「それじゃあ、乾杯!」
次の瞬間。
広場だけではなく、やわらぎの谷全体から声が返ってきた。
「乾杯!」
いくつもの杯が鳴り、料理の香りと温泉の湯気が夜空へ上っていく。
人間と魔族が同じ机へ座り、天使が獣人へ果物を渡し、古竜が自分たちで狩ってきた肉を皆へ振る舞う。
誰かに命令されたわけではない。
条約で決められたわけでもない。
ただ、一緒に食べて、一緒に笑うために集まった。
やわらぎの谷では、それだけで十分だった。
そして。
種族を超えた大宴会は、まだ始まったばかりだった。
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